私の名前はアリッサ・ファーンズワース。
 ファーンズワース家の長女で、四歳の女の子。
 記憶によると、半年前に孤児院から貰われた、貰いっ子だ。
 椛みたいなお手手に、お人形さんみたいなあんよ。
 金髪の巻き毛に、深い海みたいな青い瞳。
 誰がどう見ても超絶的美少女だ。
 ちょうど昨日、遅くまで残って作っていたプレゼン資料に載せた無料画像サイトから落としてきた写真に写っていた女の子に似ている。

 ……そう、「私」は昨日まで、生田有沙という名前の会社員だった。
 二十七連勤という異常な勤務形態が当たり前の体育会系広告代理店に務めていた。
 ひどい会社だった。
 新入社員で配属された先で、毎日セクハラ発言を受けた。
 新歓の飲み会では野球拳までやらされた。
 でも、耐えた。
 必死で耐えた。
 それが美徳だと信じ込んでいたから。
 去年寿退社したオールドミスの御局様・宮地さんのイヤミもイビリも死ぬほど嫌だったし今でも憎いけれど。
 毎回飲み会で肩を抱いてきた当時の川井部長は死ぬほどキモかったし今でも憎いけれど。

 必死で、耐えた。

 耐えられたのは、幼い頃児童養護施設から貰われた家にいた、「お兄ちゃん」が居てくれたから。
 生田礼二。
 私のみっつ年上で、優しくて、ちょっと臆病なお兄ちゃん。
 いじめられっ子で、ずっと、私が守ってきた。
 ずっと、ずっと。
 もう妻子がいて、上の子はもう中学生だけど、あの頃から変わらず、優しくて、臆病だ。
 時々──月に一度は必ず──会っては、元気づけてあげる。
 その瞬間だけ、私は自分らしくいられた。

 本当は()()()()()会いたかった。
 けれど、お兄ちゃんの隣には、いつも誰かがいた。
 お母さん。
 お父さん。
 お友達。
 付き合ってたカノジョ。
 お兄ちゃんが、心の奥で私を恐れているのがわかった。
 だから、血の繋がらない私の()()()()()()を伝えられることは、一度もなかった。

 それからお兄ちゃんのカノジョは奥さんになって、子供が三人産まれた。
 それでも、照れながら笑うあの笑顔が忘れられない。

『はじめまして、ありさちゃん』

 そう言って、私がよっつの時生田家に引き取られたとき、いちばん初めにお兄ちゃんが言った、あの言葉が忘れられない。

 私は永遠に続く恋の煉獄に取り残されていた。

 ……

 そんなお兄ちゃんが今、隣で私を胸に抱いて寝ている。
 髪は金髪、目も青い。
 でも、顔立ち、それに声はあの頃のままだ。

「……もすこし寝てよう?」

 レイモンド・ファーンズワースはそう言って、小さな私を抱き寄せた。

 私の恋の煉獄は、まだ当分続きそうだ。
 それでも私は、またお兄ちゃんを守るため、もう少しだけ生きることにしてみた。