「三年前のあのパーティ。覚えているかい」

 離宮のダイニングルーム。
 いちばん奥には、アレクシス殿下。
 テーブルは長いけれど、わたくしと、足の動かない母まで席に付かせていただけました。
 それも、殿下の斜め向かいに。
 本来は王家の一族がお掛けになる席でございます。
 まあ、温かいご飯なんて久しぶり。
 母様も御厚情に感謝して、美味しそうにスープを口に運びます。

「……忘れるわけございませんわ」
「そうだ。そうだね。イングラム家終焉の引き金になった」
「……返す、言葉もございません」

 言葉が詰まると涙が出溢れそうになります。
 ずっと、ずっと姉代わりに面倒を見てきたクララに、あんな形で裏切られるなんて。
 母様も食事の手を止め、涙を堪えているようです。

「あれからずっと、私はある疑いについて密偵と共に調べてきた。そして三年経った今、疑いが確信に変わった」
「ある疑い……?」

 なんでしょうか。
 イングラム家は、伝統的に王家とは持ちつ持たれつの関係。
 けれどそれも、領民への減税・インフラ整備・公共事業のバランスを見誤り、公爵家が傾きました。
 そして追い打ちをかけるようにあの事件が起き、信頼関係は揺らいで来ておりました。

「父の、失策についてでしょうか」
「いや、違う。イングラム家は、王国西部の民を救うために尽力してきた。民からの信も厚い。王家としても本来ならば親密であるべき家だ。切り捨てるなどあまりに軽率」

 ぱく、ぱく。
 アレクシス殿下は冷静に話をしながら、けれど完璧なテーブルマナーで子羊のステーキを平らげていきます。
 わたくしは、殿下のおっしゃることが気になって、フォークとナイフを置いてしまいました。

「時を同じくして、ウェントワース家の事業が急激に好調になっている」

 ウェントワース家……クララの実家。
 国内に数多くある銀行の親会社を経営しています。
 王国の中では比較的歴史の浅い、けれどクララのお父様の辣腕によって、短期間で巨万の富を築き上げた一族。

「お父様が……優秀ですから。わたくしの家とは違って」
「家を立て直そうと必死だったと聞いているよ、君の父君は」
「それは……そうですが」
「では」

 もぐもぐ、ごくん。
 お皿の上の最後の子羊を食べた殿下は、食事の手を止め、わたくしをご覧になりました。

「その父君のかけがえの無い努力を、不当に奪っているものがいるとしたら?」
「え……それは……どういう」

 ぱんぱん。
 アレクシス殿下が手を叩くとメイドさんがひとり、奥の扉から入ってきました。
 けれど彼女は、わたくし達には目配せもせず殿下のそばに歩み寄り、跪きました。
 なんとなく、の印象ですが、普通のメイドさんでは無さそうです。

「例のものを」

 はい。
 小さく一声発したあと、謎のメイドさんは音もなく部屋を後にしました。
 殿下はこちらを見ると、満面の笑みでにっこりしました。

「さあ、二人とも。召し上がっておくれ。せっかくの子羊が冷めてしまう」