「大丈夫かい」

 柔らかい、言葉がします。
 ずきん。
 いた、後ろ頭が痛い。
 そういえばさっき思いっきりぶつけたのでした。
 ……ということは……
 ばっ、とわたくしはドレスのスカートを確かめます。
 ……特に、痛みもなければ、ドレスのスカートや下着に破れもないようです。
 どうやらわたくしの純潔は、保たれているよう。

「大丈夫?」

 柔らかいその声の主を、わたくしは知っています。
 貴方は……

「アレクシス殿下……」

 アレクシス・エングルフィールド第二王子。
 アルフレッド王太子陛下のご兄弟で、いちばん歳の近い弟君であらせられます。
 と、わたくしは自分の胸元が大きくはだけているのをようやく思い出して、両の腕で胸を隠して真っ赤になりました。

「はは。大丈夫。安心して? ……酷いやつらだったね。もう大丈夫」

 よく見ると、殿下の紫色の外套を掛けていただいております。

「い、いけません、大事な外套が汚れてしまいます」
「気にしないよ。それに君は立派な公爵家の子女だ。玉の肌を、そんなにさらけ出してはいけない」
「あ……」

 ありがとうございます。
 そう言い終わる前に、涙が溢れて言葉になりませんでした。

「つらかったね。ずっと、君のことを気にかけていた。三年前から。いや、もっと前から……」

 アレクシス殿下はそう言うとわたくしを軽々と抱き上げて、王室御用達の馬車まで運んでくださいました。

「い、いけません、殿下。わたくしはただの公爵家の女。王室の馬車になど乗せては……」
「今から離宮に向かう。客室は二百ある。君ひとり、迎え入れることなど容易い」
「あ、あの……ひとりでは……」
「はは」

 そうだった。
 そう言って笑ったあと、殿下はお続けになりました。

「お母様がいらっしゃったね。そちらもすぐに手配しよう」

 紫の外套に包まれたわたくしは、殿下の隣にちょこんと座ります。

 何年かぶりの、とても……とても温かい紫色で。
 わたくしは涙が止まりませんでした。