「ここは、誰かに復讐したい()()が迷い込む庭」
「復讐?」
「したいでしょ、クラリッサ・エングルフィールド王太子妃に」
「なん──」

 で、それを知っているのでしょう。
 そういう間もなく、シッスルと名乗る少女は続けます。

「クラリッサ・ウェントワースの言葉、ぜひお聞きくださいませ!」

 脳裏に浮かぶのは三年前のクララの裏切り。
 まるで心が読めるかのように、シッスルはあの日の彼女と同じように手を広げ、嬉しそうに言います。

「アルフレッド第一王太子陛下と婚約をするのは、あたくし、クラリッサでございますわ」
「昨晩、陛下がそう決めてくださったのです。……あたくしが、そこのリルオード・イングラム公爵嬢から受け続けた、いじめの日々。その告発を聞いてくださってから」
「あら、リルオード。今夜のパーティなどとっくに終わりましたよ? 言いがかりはおよしになって」
「リルお姉ちゃん。待ってよお、リルお姉ちゃん。」

「まって!」

 気がつくとわたくしは叫んでいました。

「復讐なんて……意味ないよ……」
「そう?」

 シッスルはにこりと笑いました。

「じゃあ、このままならず者の所に返してあげる。あーあ。もったいない。せっかく最後まで取っておいた純潔も、あげちゃうのね、知らないおじさん達に」
「それは嫌!」

 わたくしはシッスルの漆黒のワンピースに縋ります。

「嫌です、そんなのはぜったいに嫌!」
「ふふ。そうでしょ。嫌でしょ。ぜんぶ、ぜーんぶクラリッサが悪いんだよ? それに、復讐はね、悪いことばかりじゃないんだよ」
「え?」
「貴女はこれから幸せになる。この国の、誰よりも幸せになる。いわば最高のご馳走よ。復讐は、その前の前菜(オードブル)だよ。美味しい美味しい、ね? ──ただし」

 そう言うと、シッスルはわたくしの手を払って後ろを向きました。

「対価は頂くよ」
「対価?」

 わたくしに、何か払えるものなど、残っていたでしょうか。
 そう思ってきょとんとしていると。

『それよりほら、いつもの歌声、聞かせておくれよ。あの声が、好きなんだ──』

「ふむふむ。()かあ。いいね。それをいただくよ」

 そして、わたくしに近付いて、おでこに人差し指を当てました。

「さ、もういいよ。元の世界へおかえりなさい。わたしの愛しい復讐の子よ」

 とん。

「あ」

 そう言ってそのままわたくしをアザミの花の上に押し倒しました。
 意識が暗くなります。

「覚えておいて。復讐は幸せになるための前菜(オードブル)。……ね、忘れないで。わたしはシッスル。貴女の味方──」