「キスなさい。あたくしの……靴に」

 どくん。
 どくん、どくん。
 羞恥心で頭がどうにかなりそうです。
 でも……金貨一枚あれば三ヶ月は暮らせます。
 選択肢は、ありませんでした。

 ……ちゅ……

「あっははははは! アレン、だめよお、こんなふしだらで守銭奴なオンナに引っかかっちゃあ! きゃっははははは!」

 かつん。
 笑いながらわたくしの顎を軽く蹴りました。

 ……だれの。
 だれの。
 だれの、せいで?
 だれのせいで、こんな思い、してると思って?

 ぷつん。

 わたくしは気がついたらどん、とクララを突き飛ばして、無我夢中で走り出していました。

 ……

 どれくらい走ったでしょうか。
 あまりの怒りとやるせなさで、頭がどうにかなりそうで。
 気がついたら知らない街の裏路地まで来ていました。
 そして()()は、胸のはだけた婦女が来ていい場所ではありませんでした。

「おいみろよ、ウリ女が向こうからやって来てくれたぜ?」
「おうおう、嬢ちゃん、そんなに急いでどうしたよ」

「あ……ぃや」

 男の手が伸びてきて、そして押し倒されました。
 がんっ。
 後頭部を壁にぶつけて、火花が散りました。

 ……

「……いじょうぶ?」

 そっか。
 わたくし。

「だいじょうぶ?」

 盗られたんだ。
 いつもクララがそうしてきたように。

「ねえ、だいじょうぶ?」

 わたくしに最後に残された純潔というプライドさえも。
 いま。
 さっき。

 ……

「ねえってば」
「へ?」

 わっ。
 びっくりした。

「だいじょうぶ?」

 目の前に、女の子がいます。
 わたくし……さっきならず者に押し倒されて……
 それで……

「だいじょうぶ?」

 あら、どうして……?

「だいじょうぶかって、聞いてるの」
「え、ええ」

 あれえ。
 気がつくとわたくしはお庭、のような所に寝転がっていました。
 お日様が柔らかく差し込む小さな箱庭。
 さあっと風が草花が揺らします。
 ちくり。

「いたっ」

 頬を刺す鋭い痛みで飛び起きました。
 見ると、見たことの無い紫色のお花──ちくちくした棘が覆ってる綺麗なお花──が、庭一面に咲き乱れています。

「それ、わたし」
「へ?」
「わたし、そのお花なの」

 にこっ。
 そう言うと、目の前の女の子は満面の笑みを浮かべました。
 光が反射すると、深い紫色にも見える真っ黒いワンピース。
 頭の上には、山吹色した大きなリボン。
 ワンピースと同じ色の、紫に艶めくセミロングの黒髪。
 金色の瞳。

アザミ(シッスル)よ」
「え?」
「わたしの、名前。花言葉は、復讐。ようこそ──」

 女の子はわたくしを覗き込んだまま、ぐんっと口付けでもするかのように顔を近付けました。

「わたしの報復の庭へ」

 ぱちぱちと、瞬きすると長いまつ毛がわたくしのまつ毛に当たります。
 金色に輝く美しい瞳が印象的です。

「報復……?」
「そう」

 あんまり顔が近いから、後ずさって手を後ろにつきます。
 ちくっとまた花の棘が刺さりました。