「セシリー。これ。……今まで本当にありがとう」
「リルオードお嬢様……いけません……私には……受け取れません」
「いいのよ、セシリー。持っていって?」

 そういって、わたくしはセシリーの手の上の銀貨の入った袋と一緒に、優しく両手で包み込みました。

「申し訳……ございません……っ!」

 うううう。
 セシリーは、込み上げてきた涙をガラス球みたいに零して、泣いてくれました。

 あれから、三年。

 渡せたのは、当面の生活費だけ。
 それでも、今のイングラム家から捻出できる最後の現金でした。
 ひとりまたひとりと去っていくメイドや執事たちの中で、彼女だけが最後まで残っていてくれたのです。
 でもそれも潮時。
 このまま沈む船に乗せ続けるわけにはいかない。
 わたくしが、そう判断いたしました。

 がちゃん。

 文字通り何も無くなった玄関のホールのドアが閉まって、セシリーはこのイングラム家から無事、自由になってくれました。
 この家に残っているのは、僅かな調度品と両足を砕いて寝たきりの母様とそのベッドだけ。
 父様はなんとか公爵家を再建させようと必死に昼も夜も働くも、二ヶ月前イングラム家は破産。
 差し押さえられた我が家の調度品が運び出されるのを見ながら、突然倒れて動かなくなりました。
 お医者様が駆けつけましたが時既に遅く、病院のベッドの上で目を覚ましません。
 どうやら、心の臓は動いているけれど、心を司る部分がもう生きてはいないそうです。
 いつ逝かれてもいいように、覚悟をなさっていて下さい。
 お医者様はそう言うと、深く頭を下げたのです。

 わたくしも、二十を超えてしまいました。
 もう有望な家は、私を嫁に取ることなど無いでしょう。
 僅かに残った調度品も、父様の入院費と母様の介護でひと月も持たないでしょう。
 鏡の前で座ります。

 ──がんばらなきゃ。わたくしも。

 さっき、セシリーに締めてもらった──彼女に言い渡した最後のお仕事でした──コルセットの上の胸元を降ろしてみます。
 ……幸い、他の女性より少しだけボリュームがあります。
 胸を寄せて、谷間を作って……
 明日にでも歓楽街に行こうと決めました。
 王太子陛下もお見捨てになられるような容姿ですから、そこまで稼ぐことは出来ないかもしれません。
 でも、やるしかないのです。
 もう、イングラム家でお金を稼げるのは、わたくししかいないのですから。

 その時。