アザミの箱庭 「バリキャリウーマンの私が幼女に転生したので、次は大好きなお兄様を守ります」

 ピエールが部屋に入ってくる。

「お嬢様、お申し付けいただいた通りの書類をお持ちいたしました」

 深刻な面持ちで、手にした紙の束を机に置いた。

「ありがとう。あとはわたしがみるわ」
「お嬢様……これは……」

 ……やっぱり、ね。
 持ってきてもらったのは、ファーンズワース家の収支報告書。
 お父さんが亡くなってから、細かい支出が異常に多くなっている。
 ひとつひとつは大した額じゃない。
 でも確実にこの家の財産を喰らい尽くそうとしているのがひと目でわかる。
 それがはじまったのは──あの三人が家に入り浸ってから。
 あいつらが、私のお兄ちゃんを階段から突き落とし、今も意識が戻らない。
 ……私の手に力が篭もり、収支報告書にシワを刻む。

 でも、だめ。
 これだけじゃ、決定的じゃない。
 何か、何か、ないの?

「あの……」

 ひとりの若いメイドが、恐る恐る声をかけてきた。

「私、恐ろしいことを聞いたんです」

 そう言うと、青い顔色のまま、私とピエールに語り始めた。

 ……

 国王陛下も出席なさる伯爵家の爵位継承パーティが行われたのは、それから二週間後。

「国王陛下、それにみなさま。今日はお集まりいただき誠にありがとうございますわ!」

 バーバラが声高らかに宣言する。

「ひと月前。わたくしの兄、デビッド・ファーンズワースの急な死は、皆様の心に深い、それは深い悲しみを与えたと思います」

 五十の嘘つきオバサンは、下を向いて悲しみに暮れた表情を作る。

「けれども悲しみは乗り越えて行かなければなりません。……今日はわたくしのふたりの息子に、亡き兄の爵位を継承しようと思いますの」

 ぱちぱちぱちぱち。
 パーティの人々はみな一様に拍手をして悲しみを埋めようとする。

「国王陛下──どうか。どうかわたくしの息子に、兄の爵位の継承をお認め頂けないでしょうか?」

 国王陛下に側近がなにやらひそひそと話した、その後。

「うむ。ファーンズワース伯爵家の爵位を、その甥にあたるオーウェン・ファーンズワースとオリヴァー・ファーンズワースに──」

「ちょーっとまったー!」

 四歳女児の声が、パーティ会場に響いた。

「無礼な、陛下がお言葉を述べている最中であらせられるぞ!」

 側近が怒鳴る。
 でも、私には関係ない。
 なんたって、二十七連勤、してきましたから。
 なんたって、三十九年、守ってきましたから。
 なんたって──

「わたしは、これからしあわせになる。このくにの、だれよりもしあわせになるんだから」

 誰かさんの受け売り、だけどね。
「アリッサちゃんっ? だめよお、オトナのパーティに勝手に入ってきちゃあ」
「かってにはいってきたのは、バーバラオバサン、あなたじゃなくて?」

 私は冷たい目でオバサンを睨みつける。
 オバサンの顔には、まだ余裕があるように見える。
 ……その余裕、いつまで持つかしら。

「みなさん、これをごらんくださいまし!」

 そう言ってわたしは収支報告書を高らかにパーティ会場に撒いた。
 ……誰も取ろうとしない。

「ぷっ……アリッサちゃん? そういうイタズラはね、やっていいことと悪いことが」

 もちろん、想定済みだ。
 そのうちの一枚を持って、つかつかと陛下の前に持っていった。

「こ、これ、陛下の前で無礼であろう!」
「まあ、まて……」

 陛下が興味を示した。

「……随分、支出が増えておるな?」
「はい」

 私が笑顔で答える。
 そして、バーバラオバサンの所に駆け寄って、左手をひっぱった。

「あれれー? これ、おかあさまのかたみのエメラルドのゆびわとそっくりー! おかあさまとおそろいなのかなー? ……それとも、とっちゃってたりして?」
「……アリッサちゃん。イタズラはその辺にしないとおばさん許しませ──」
「あれれー? オーウェンおにいちゃんとオリヴァーおにいちゃんのタイピン。おとうさまのとそっくりー! これもとっちゃったのかなー?」
「アリッサ! いい加減に──!」

「盗ったんですよ」

 ざわっ。
 車椅子に乗ったその人の影に、皆が注目する。

「……レイモンド……お前なんで……」

 オーウェンが呟いた。

「僕は半月前、その兄弟に突き落とされました。階段から」

 ピエールさんに車椅子を押されて、お兄ちゃんが入ってきた。

「そして、その時、薄れゆく意識の中で聞いたんです。……『この家を乗っ取るためだ』『母さんに頼まれただろう』……ってね」

 皆の視線がバーバラに集まる。

「しょ、証拠は? 証拠が何もありませんわ! ねえ、陛下、この者達の発言には全て証拠がございませんわ!」

 バーバラが必死に訴える。
 ……やっぱり、アレを使わなきゃだめそうね。

「アシュリーさん、おねがい!」

 私がそう呼ぶと、ひとりのメイドが、何か大きな装置をトローリーに乗せて運んできた。
 そして、神妙な面持ちで、静かに言った。

「みなさまのお耳に入れたいことがございます」
「あの……」

 ひとりの若いメイドが、恐る恐る声をかけてきた。

「私、恐ろしいことを聞いたんです」

 そう言うと、青い顔色のまま、私とピエールに語り始めた。

「わたし、アシュリーと申します。ハウスメイドをやっております」

 何度か顔を見たことがある。
 赤毛の、お下げが可愛らしい十代後半くらいの女の子だ。

「この家にある発明家が下宿しているのをご存知ですか」

 アシュリーは私をじっと見て聞いてくる。

「おお、シャルルさんのことかな? 屋敷で給仕をしながら発明の研究をしている……」

 私が首を傾げているとピエールは相槌を打った。

「はい。なんでも、『喋った声を封じ込める』装置を作っているとか」

 ボイスレコーダーのようなものかな。
 生田有沙(三十九)は思った。

「それで、半月ほど前、その装置を置きっぱなしにしてしまったそうです。……スイッチを切り忘れて」

 ……まさか。

「はい、今からそれを皆様のお耳に入れます。どうぞ、お聞きください」

 ……

「ザー……だからね……オーウェン……オリヴァー……ザー……よく……お聞き……この家はね……ザー……お前たちのものにするんだ……ザー……レイモンドは……ザー……階段から……落としてしまえばいい……ザー」

 ザー。

 ノイズと一緒に流れたのは、バーバラの声。
 誰がどう聞いても、さっきまで話していたバーバラの声そのもの。

「……バーバラ・ファーンズワースよ。何か言い残すことはあるかね」

 国王陛下は、冷たい、冷たい声でトドメを刺した。

「あ……ああ……」

 そう言って、バーバラはがっくりと座り込んだ。
 私は、そんな彼女の、蒼白になった顔を両手で掴んだ。

「ああ、おいしかった。とってもおいしいオードブルだったよ」

 そう言って、にっこりと笑った。
 三十九年の人生で、いちばんの、笑顔で。

「ね? シッスル」
「みて、おにいちゃん、ゆきがつもったよ! まっしろ!」
「ほんとだね、アリッサ。……君の、肌の色みたいだ」
「えへへ。……もう、おにいちゃんったら!」

 あれから、半年。
 バーバラ達は辺境に追放になった。
 もちろん、爵位も財産も何もかも取り上げられて。
 ウワサによると、親子散り散りになって家もない有様だそうだ。

 私の復讐は──成した。

 今、幸せだ。
 人生でいちばん幸せだ。
 幸い、現世でも私は貰いっ子だ。
 やろうと思えばおにいちゃんと結婚だってできる。
 ほんとにそれをやるか、今それを悩んでいるところ。
 私の恋の煉獄も、意外と心地よいと分かってきたから。

 あ、でも、最近アシュリーさんとお兄ちゃんが仲がいい。
 今回は見逃さないでおこうかな。
 三十二歳年下のお兄ちゃんを、伴侶にする。
 それも悪くない。
 悪くない。

 今、幸せだ。
 間違いなく、幸せだ。
 幸せだ。

 でも。

 ──お兄ちゃんの足は、動かないまま。

 あの箱庭での彼女の言葉が、頭に染み付いて離れない。

『じゃあまず、対価をもらうからね』

 あの日彼女は何を対価にするか、言わなかった。
 半身不随なこと(このこと)が対価だと、言ってはいない。
 だから、不安だ。

 この後、もっと大きな対価を支払わなくてはならないのか、と。

『この世の全ては等価交換。何かの対価無くして何かを得ることは、できない』

 私はいま、幸せだ。
 そのはずだ。


【第一章.完】
「イングラム公爵家子女、リルオード・イングラム! 君との婚約の破棄を、ここに宣言する!」

 アルフレッド・エングルフィールド王太子の唐突な発表を聞いたパーティ真っ只中の人々は、どよめきました。

「陛下は何をおっしゃっておる?」
「リルオードって……あのイングラム家の?」
「婚約の破棄……ってことは、やっぱりイングラム公爵家の没落も時間の問題か……」

 ひそひそ。
 ひそひそ。
 周囲からの温度の無い尖ったことばが、容赦なくわたくしを貫きます。

「あの……陛下……? おっしゃっている意味が……」

 気が遠くなりそうになる意識をなんとかつなぎ止めながら、かろうじて絞り出したわたくしの言葉。
 けれどそれは、陛下のお耳に入りさえしませんでした。

「いいや! 君の声も、言葉も! もはや聞きたくもない!」
「え……」

 どうして?
 どうしてそんなこと仰るの?

 あんなに、好きって言ってくれたじゃないですか。
 たしかに公爵家の栄光は過去のもの。
 最早斜陽の存在。
 でも。

 何を言っている。
 金の話など。
 気にしない。
 気にしないさ。
 それよりほら、いつもの歌声、聞かせてくれ。
 あの声が、好きなんだ──

 ……そう言って笑ってらっしゃった。
 笑ってらっしゃったじゃないですか。
 笑って……

「あたくしが代わりにご説明いたしますわ」

 びくん。
 きんきん甲高いその声は、わたくしの体は否応なしに強ばらせます。

「このウェントワース公爵家子女、クラリッサ・ウェントワースの言葉、ぜひお聞きくださいませ」

 クラリッサ・ウェントワース。
 ひとつ年下十七歳の、ウェントワース家の天才子女。
 可愛いはずだった、妹同然のクララ。
 けれど今は、憎くて憎くてたまりません。
 わたくしの人生は、クララに踏みにじられ続ける、地獄そのものでした。
 リルお姉ちゃん。
 リルお姉ちゃん。
 待ってよお、リルお姉ちゃん。

 やだ、クララもリルお姉ちゃんのがいい。
 リルお姉ちゃんの、それ、クララにちょうだい。
 やだやだ、リルお姉ちゃんのがいい、やーだー!

 あら、リルオードお姉様。
 お姉様のそのドレス、可愛いから同じのを仕立てさせましたの。
 どう?
 似合う?

 あら、リルオード。
 今夜のパーティなどとっくに終わりましたよ?
 え? 明日だと? あたくしが?
 言いがかりはおよしになって。
 今日だと言ったはずですわ。
 ()()()

 ……

「この度、アルフレッド・エングルフィールド王太子陛下と新たに婚約を結んだのは、あたくし、ウェントワース家のクラリッサでございますわ」

 もはや頭の中は真っ白。
 妹代わりのこの子が言うことばが、頭に入ってきません。

「昨晩、陛下がそう決めてくださったのです。……あたくしが、そこのリルオード・イングラム公爵嬢から受け続けた、いじめの日々。その告発を聞いてくださってから」

 いじめ?
 なんてこと。
 ひどい。
 やっぱりイングラム家はもう終わりだな。
 パーティ会場の空気が敵意に満ちていきます。

「まって、クララ。いじめって、なんのこと?」

 ばっ。
 わたくしが差し出した手を、()()()()その子が払い除けます。

「触らないでくださいまし!」
「クララ……」
「皆様、聞いてくださいまし! このひとは陛下があたくしを好いてらっしゃるのを知ると、あたくしから何もかもをとりあげ、そして言語を絶するような、それはそれはひどい誹謗中傷を──」

 がたんっ。

「奥様! 奥様っ!」

 クララの声を遮るように、絶叫が響いたと思うと、血相を変えてパーティ会場に駆け込んでくる女性がいます。
 わたくしはこの声を知っています。
 小さい頃から母様と一緒にわたくしを見ていてくれたお付のレディースメイドの……

「お嬢様っ!」
「どうしたの、セシリー」
「奥様が……ハンナお母様がバルコニーから下へ……っ!」
「セシリー。これ。……今まで本当にありがとう」
「リルオードお嬢様……いけません……私には……受け取れません」
「いいのよ、セシリー。持っていって?」

 そういって、わたくしはセシリーの手の上の銀貨の入った袋と一緒に、優しく両手で包み込みました。

「申し訳……ございません……っ!」

 うううう。
 セシリーは、込み上げてきた涙をガラス球みたいに零して、泣いてくれました。

 あれから、三年。

 渡せたのは、当面の生活費だけ。
 それでも、今のイングラム家から捻出できる最後の現金でした。
 ひとりまたひとりと去っていくメイドや執事たちの中で、彼女だけが最後まで残っていてくれたのです。
 でもそれも潮時。
 このまま沈む船に乗せ続けるわけにはいかない。
 わたくしが、そう判断いたしました。

 がちゃん。

 文字通り何も無くなった玄関のホールのドアが閉まって、セシリーはこのイングラム家から無事、自由になってくれました。
 この家に残っているのは、僅かな調度品と両足を砕いて寝たきりの母様とそのベッドだけ。
 父様はなんとか公爵家を再建させようと必死に昼も夜も働くも、二ヶ月前イングラム家は破産。
 差し押さえられた我が家の調度品が運び出されるのを見ながら、突然倒れて動かなくなりました。
 お医者様が駆けつけましたが時既に遅く、病院のベッドの上で目を覚ましません。
 どうやら、心の臓は動いているけれど、心を司る部分がもう生きてはいないそうです。
 いつ逝かれてもいいように、覚悟をなさっていて下さい。
 お医者様はそう言うと、深く頭を下げたのです。

 わたくしも、二十を超えてしまいました。
 もう有望な家は、私を嫁に取ることなど無いでしょう。
 僅かに残った調度品も、父様の入院費と母様の介護でひと月も持たないでしょう。
 鏡の前で座ります。

 ──がんばらなきゃ。わたくしも。

 さっき、セシリーに締めてもらった──彼女に言い渡した最後のお仕事でした──コルセットの上の胸元を降ろしてみます。
 ……幸い、他の女性より少しだけボリュームがあります。
 胸を寄せて、谷間を作って……
 明日にでも歓楽街に行こうと決めました。
 王太子陛下もお見捨てになられるような容姿ですから、そこまで稼ぐことは出来ないかもしれません。
 でも、やるしかないのです。
 もう、イングラム家でお金を稼げるのは、わたくししかいないのですから。

 その時。
「まー、ほんっとーに、なーんにも無くなっちゃったんですわね」

 玄関から、数年ぶりに聞くきんきん声がしました。
 わたくしは慌てて駆け出して出迎えます。

「ク、クララ。来るなら来るって、言ってくれれば……」
「まー! いやだわリルオード! なあにその売春婦みたいな胸元は!」

 はっ、しまったっ!
 慌てて胸を隠しますが、時すでに遅し、でした。
 となりで、小さなアルフレッド王太子陛下と同じ目をした男の子が見ています。

「ねー、おかあさま。どうしてあのおねえちゃんおっぱいだしてるの」
「まっ、アレン、だめよ! 王家の男の子があんなものを見ちゃいけません!」

 わたくしは真っ赤になって顔から火が出そうです。

「リルオード、だれかきてるの?」
「あ、母様、クララが……」

「あら、まだ生きてたの」

 ……え?

「はーっ。今日はお墓参りに来たつもりだったんだけど、まだ生きてたなんてね」

 ……。
 ことばが……
 ……出てきません。

「……何よ、その目は。……やれやれ、()()()()()()はすぐそうやってタカろうとするんだから。ほら、持ってきなさいよ」

 ちゃりーん。
 クラリッサは金貨を三枚、床に投げました。
 わたくしは……それを()()()()()()()()、一枚ずつ拾いました。
 そうして三枚目を拾おうとした、その時。
 彼女はつかつかと歩いてきました。

「ダメよ。売春婦が物乞いをして王太子妃様から金貨をもらうのですもの。あたくしにそれなりの誠意を見せてもらわないと」

 そしてドレスから片足をわたくしの前に出しました。

「キスなさい。あたくしの……靴に」
「キスなさい。あたくしの……靴に」

 どくん。
 どくん、どくん。
 羞恥心で頭がどうにかなりそうです。
 でも……金貨一枚あれば三ヶ月は暮らせます。
 選択肢は、ありませんでした。

 ……ちゅ……

「あっははははは! アレン、だめよお、こんなふしだらで守銭奴なオンナに引っかかっちゃあ! きゃっははははは!」

 かつん。
 笑いながらわたくしの顎を軽く蹴りました。

 ……だれの。
 だれの。
 だれの、せいで?
 だれのせいで、こんな思い、してると思って?

 ぷつん。

 わたくしは気がついたらどん、とクララを突き飛ばして、無我夢中で走り出していました。

 ……

 どれくらい走ったでしょうか。
 あまりの怒りとやるせなさで、頭がどうにかなりそうで。
 気がついたら知らない街の裏路地まで来ていました。
 そして()()は、胸のはだけた婦女が来ていい場所ではありませんでした。

「おいみろよ、ウリ女が向こうからやって来てくれたぜ?」
「おうおう、嬢ちゃん、そんなに急いでどうしたよ」

「あ……ぃや」

 男の手が伸びてきて、そして押し倒されました。
 がんっ。
 後頭部を壁にぶつけて、火花が散りました。

 ……

「……いじょうぶ?」

 そっか。
 わたくし。

「だいじょうぶ?」

 盗られたんだ。
 いつもクララがそうしてきたように。

「ねえ、だいじょうぶ?」

 わたくしに最後に残された純潔というプライドさえも。
 いま。
 さっき。

 ……

「ねえってば」
「へ?」

 わっ。
 びっくりした。

「だいじょうぶ?」

 目の前に、女の子がいます。
 わたくし……さっきならず者に押し倒されて……
 それで……

「だいじょうぶ?」

 あら、どうして……?

「だいじょうぶかって、聞いてるの」
「え、ええ」

 あれえ。
 気がつくとわたくしはお庭、のような所に寝転がっていました。
 お日様が柔らかく差し込む小さな箱庭。
 さあっと風が草花が揺らします。
 ちくり。

「いたっ」

 頬を刺す鋭い痛みで飛び起きました。
 見ると、見たことの無い紫色のお花──ちくちくした棘が覆ってる綺麗なお花──が、庭一面に咲き乱れています。

「それ、わたし」
「へ?」
「わたし、そのお花なの」

 にこっ。
 そう言うと、目の前の女の子は満面の笑みを浮かべました。
 光が反射すると、深い紫色にも見える真っ黒いワンピース。
 頭の上には、山吹色した大きなリボン。
 ワンピースと同じ色の、紫に艶めくセミロングの黒髪。
 金色の瞳。

アザミ(シッスル)よ」
「え?」
「わたしの、名前。花言葉は、復讐。ようこそ──」

 女の子はわたくしを覗き込んだまま、ぐんっと口付けでもするかのように顔を近付けました。

「わたしの報復の庭へ」

 ぱちぱちと、瞬きすると長いまつ毛がわたくしのまつ毛に当たります。
 金色に輝く美しい瞳が印象的です。

「報復……?」
「そう」

 あんまり顔が近いから、後ずさって手を後ろにつきます。
 ちくっとまた花の棘が刺さりました。