翌日の夕方、空が急に真っ暗になり、大粒の雨が降り出した。そして一気に強さを増したので、帰宅途中の新は慌ててコンビニに駆け込んだ。
「さっきまでいい天気だったのに……」
 急変した空模様に戸惑いながらも、500円のビニール傘を買って家路を急いだ。
「まあ、ずぶ濡れね~」
 帰宅した夫の姿を見た考子は急いでバスタオルを取りに行った。その間に新が玄関に置いてあるジェルタイプの消毒液で両手を滅菌していると、考子がバスタオルと共に水の入ったコップと洗面器を持って戻ってきて、玄関でうがいをするようにと促した。うがいをして顔と服をふき終わった新は〈やってられない〉という声を出した。
「傘がまったく役に立たなかったよ」
 途中で風が強くなって真正面から吹き付けるようになったため、傘を盾のようにして構えたが、急に風向きが逆になり、煽られた瞬間、傘の骨が折れたのだという。
「最近、天気が目まぐるしく変わることが多くなったわよね。これも温暖化の影響かしら?」
「本当に嫌になっちゃうよ。今日だって病院を出る時は晴れてたんだから」
 髪の毛をタオルでゴシゴシと拭きながら、新が舌打ちをした。
 その時、雷が落ちる大きな音がした。考子は思わず両耳を手で塞いで身をすくめた。
「大丈夫?」
 新の心配そうな声に頷いたが、発した声には怯えが残っていた。
「天が罰を与えているとしか思えないわ。人間が引き起こした異常気象に怒っているのよ。絶対間違いない」
「僕もそう思うよ。このまま温暖化が進んでいったら悲惨なことが起こりそうで怖いよね。地球が堪忍袋(かんにんぶくろ)()を切る前になんとかしないと」
 顔をしかめて鼻から大きく息を吐いた新は玄関で服を脱いで、タオルと洗面器を持って下着姿で風呂場へ急いだ。
 彼がシャワーを浴び、考子が彼の服を片づけている間、リビングのテレビではニュースが流れていた。キャスターと天気予報士が大きな声で「予測不能な嵐」という言葉を乱発していた。しかしそれは予測不能な嵐というレベルではなかった。明らかに怒りの鉄槌(てっつい)であり、重大な警告だった。深刻に受け止めて行動に移さなければ大変なことになるのに、表面的な現象に囚われて本質を見ることのできない彼らの口から飛び出すのは「お出かけの時に晴れていたとしても必ず傘を携帯してください」という決まり切ったフレーズだけだった。