当日になった。
「まあ、新さん素敵ね」
 会うなり考子の母親が口に手を当てた。いつもはジーパン姿の新がスーツにネクタイという出で立ちで現れたからだ。
「考子も素敵よ」
 娘の晴れ着姿を見て母親はホッと胸を撫で下ろした。
 実は、前日まで母娘で意見が分かれていたのだ。着物を着るべきだと言う母とカジュアルな服で行きたいと言う考子の意見は平行線のままだった。そのことを病院から戻ってきた新に話すと、「これも親孝行だと思って、お義母さんの言う通りにしたらどう?」と意外なことを言われたので、「あなたはどっちの味方なの?」と食ってかかったが、冷静になって考えてみると今まで親孝行らしいことはほとんどしてこなかったので、たまにはいいか、という気持ちになって、母親の意見を受け入れたのだ。しかし、一人では着物を着ることはできない。もちろん、新ではなんの役にも立たない。そこで、行きつけの美容院に頼んで、今朝早い時間に着付けてもらったのだ。
「着慣れないから窮屈なのよね」
 ただでさえお腹が張っている上に帯で締め付けているから〈なんか変な感じ〉というのが拭えなかった。それでも、出かける時に新が「とっても綺麗だよ」と褒めてくれたので、満更でもない気持ちになったのも確かだった。
「さあ、行きましょう」
 母親は自分のことのように仕切っていた。父親はおとなしく従っていた。
 それを見た考子は〈いつもこうなの〉という視線を新に送った。すると、〈いいじゃないか〉という視線が返ってきた。〈まあね〉と送り返した。
 受付で申込用紙に必要事項を記入し、初穂料とお守り一式セットの代金を支払った。待合室に案内されたのでそこで待っていると、名前を呼ばれたので4人で昇殿し、用意された椅子に座った。すぐにマスク姿の神主さんが現れて、祈祷が始まった。厳かな気持ちになって首を垂れると、大幣(おおぬさ)がシャンシャンと振られた。考子は「元気に生まれてきますように。安産でありますように」と心の中で祈った。
 祈祷は30分ほどで終了した。考子にとってこういう習わしはまったくの関心外だったが、今は来て良かったと心底から思っていた。気持ちが厳かになり、今まで以上にお腹の赤ちゃんに真摯に向き合う覚悟ができていた。そのせいか思わず感謝の言葉が口をついた。
「お母さん、勧めてくれてありがとう」