わたし 

 わたしが生まれてもパパは休みが取れないって、おかしくない? やっぱり日本は遅れているわよね。それとも、医師の世界だけが遅れているのかしら? よくわからないけど、どう考えても変としか思えないわ。上司や同僚に遠慮して育休を取れないなんて時代錯誤も甚だしいわよ。ほんと頭に来ちゃう。
 でもね、どれだけ酷いかは世界と比較しないとわからないでしょ。だから偵察魂に頼んで調べてもらったの。するとね、びっくりするようなことがわかったのよ。教えてあげるね。北欧が凄いのよ。ノルウェーの数字を聞いたら腰を抜かすわよ。驚かないでね。覚悟はいい? では、報告します。なんと、90パーセントに届きそうなんだって。
 アンビリーバボーって言った? 
 無理もないわね。信じられない数字だものね。でもね、最初から高かったわけではないらしいの。20年近く前は5パーセントくらいだったんだって。それが劇的に変化したのは、ある制度を導入したからなの。それが『パパ・クオータ制度』よ。育児休暇の一定期間をパパに割り当てる制度で、その間は給料の80パーセント以上が給付金として支給されるんだって。それだけではないのよ。父親が育児休暇を取得しても母親が仕事に戻る必要はないらしいの。つまり、両親が同時に育児休暇を取得できるのよ。これなら誰でも取るようになるわよね。でね、ノルウェーの成功を見ていたスウェーデンが同じような制度を導入したらしいんだけど、一気に取得率が伸びて、今では80パーセントくらいになっているの。凄いわよね。羨ましいったらありゃしない。もし、ママとパパが北欧に住んでいたらと思うと残念でならないわ。でもね、そんなことを言ってても始まらないから、日本の政治家さんや中央官庁の役人さんにお願いしようと思うの。世界には見習うべき素晴らしい制度があるんだから、それをどんどん取り入れてくださいねって。よろしくお願いします。
 ところでね、わたしの体はどんどん大きくなっているのよ。
 どれくらい大きくなったかって?
 今ね、15周目に入ったところなんだけど、12センチくらいになったのよ。かなり成長したでしょう。とっても順調なの。
 あらっ、横隔膜が大きく動き出したわ。これはね、将来呼吸をするための練習なの。でもそれだけじゃなくて、羊水を飲むためのものでもあるの。
 なんで羊水を飲むのかって? 
 知りたい? いいわよ、教えてあげる。一つはね、羊水の中には成長因子という〈細胞の成長を促すタンパク質〉が多く含まれているから、それを飲んで細胞を増やしているのよ。あともう一つは、羊水をきれいにするために飲んでいるのよ。毎日毎日、羊水を飲んではせっせとオシッコをしているの。これは意味があることなのよ。羊水の中には抜けた産毛や剥がれた皮膚が浮いているから、それを吸って羊水をきれいにしているの。元々羊水はきれいで透明なものだし、約3時間ですべてが入れ替わるんだけど、産毛や剥がれた皮膚を吸い込むことによって羊水をきれいにするお手伝いをしているのよ。
 えっ? 何? ウンチも吸っているのかって?
 ウンチって……、そんなことはしないわよ。わたしはウンチはしないの。羊水が汚れるから生まれるまでウンチはしないのよ。
 ウソって言った? 
 ウソじゃないわよ。確かに、吸い込んだ産毛や剥がれた皮膚なんかは結腸の中に溜まっていくわ。ウンチの元ね。でもね、まだ腸が動いてないし、肛門の筋肉も発達していないから、ただ溜めているだけでウンチをすることはないのよ。それを腸から出すのは生まれてからなの。ママのオッパイを飲んだら腸が動き出すから、そうなって初めてウンチが出るようになるのよ。それを胎便(たいべん)て言うんだけどね。それとね、わたしの体の中で作られた老廃物はへその緒を通って胎盤に送られるのよ。そして、胎盤を通じてママの体に入って、最終的に体の外に排出されるの。だからわたしの体も羊水中もきれいに保たれるのよ。よくできているでしょう。凄いわよね。でも、誰がこんなことを考えたのかしら? 神秘的過ぎて謎だらけね。