「着いたー! 早く日陰に入ろう!」
「うん。葉月、水持ってきた?」
「持ってる持ってる。ちゃんと飲まないと熱中症怖いもんね」
並んで座ってほっと息をつくと、爽やかな風が高架下を流れていった。川の近くだからか、風もいつもより冷たく心地よく感じる。
「懐かしいね……」
「うん……」
太陽の日差しが反射して水面がきらきらと輝く。それを葉月は頬杖をついて眺めていた。その横顔はあの頃の女の子ではなくすっかり大人の女性のもので、胸がぎゅっと締め付けられる。
「あのさ、葉月……」
「うん?」
「えっと……」
大丈夫。まだ格好良くまとまってはいないけれど、今わかる範囲でいい。俺の答えを、今までの思いを、今葉月に伝えよう……いや、伝えたい。
「……これ。見て欲しいんだ」
俺が取り出したのは、一冊のノート。
「え、これ……」
「そう。持ってきてたんだ」
俺と葉月の予言日記。
「さっきも言ったけど俺、今予言日記書いてるんだ。あの日の続きから」
そう言ってページをぺらぺらと捲り、あの日の続き、葉月と俺が再び出会った最初の日のページを開く。すると葉月は隣から覗き込む様に俺の書いた予言を一つ一つ読んでいった。
「“葉月とまた話をする”」
「一緒に帰ったあの日のやつだよ」
「“葉月と二人で出掛ける”」
「これは今日実現して……って、声に出して読むのやめてくれない? 恥ずかし過ぎる」
「ふふっ。“葉月をお昼ご飯に誘う”“葉月の予定を聞く”“葉月の、”」
「わー! だからやめてってば!」
「あははっ、だって嬉しくて!」
「俺をいたぶるのが?」
「違う違う! 私のことばっかりなのが!」
きらきらと輝く様に笑う葉月は、とても、とても嬉しそうで。
「……そうだよ。俺、ずっと葉月のことばっかり考えてるよ。今も、昔も」
そんなに喜んでもらえるなら、もっと早く伝えられたら良かったと、後悔するほどで。
「俺、葉月のことが好きだよ。当たり前過ぎて気づけなかったくらい、ずっと葉月のことが好き。これからもきっと、ずっとずっと」
だから、心の中にいっぱいになったこの思いを、そのまま声に出してみた。言葉にすると単純で当たり前な文章になってしまったけれど、結局何をどう頑張って考えてもきっとこんな言葉になってしまうのだろうなと感じた。だったら、新鮮なまま、心に生まれたまま言葉にして渡せた方が、きっと良い。
これで良かったのだ。今日、このタイミングで気がつけて、伝えられたことがきっと最善で最良の方法だったのだ。
「…………」
じっと黙った葉月が予言書に目をやると、そこには今日の予言が書かれていた。
“葉月ともっと近づく”
「……飛鳥は、あの頃の私達と変わっちゃっても良いの?」
「変わるものだと思う。だってもう俺達は小学生の二人じゃないんだから。でも、変わらないものもあると思う」
「……何?」
「相手を大切に思う気持ち。気づいてなかっただけであの頃から俺、ずっと葉月のこと好きだから。葉月は?」
「…………」
「俺のこと大切に思ってくれてなかった?」
「……大切だったよ。すごく大切で、大好きだった」
そう言うと、葉月は自分の鞄から手帳を取り出すと、カバーの間に挟んであった綺麗に折り畳まれた紙を俺に手渡す。それは一ページ分のノートの切れ端で、開くとそこには一言、見覚えのある丸っこい字で書かれていた。
“飛鳥のお嫁さんになる”
「これ……」
「うん。予言日記の最後の一ページ」
俺の手元にあるノートを捲り、最後のページの破られた跡とその紙の破れている部分を重ねると、ぴったりと合わさった。
「実はね、一番最後に書いた予言は、全部の予言を現実にしてノートを使い切ったら本物の未来になるって、始めた時からずっと心に決めてたんだ。だから毎日の予言も最後のページの為の験担ぎみたいなものだったの」
「……じゃあ、俺とやってる時も書いてあったの?」
「うん。気づかなかったでしょ? 飛鳥って変な所鈍いから」
「…………」
それについては何も言えない俺に対して、葉月は「今の飛鳥には自覚あったんだ!」と笑っていた。そしてふと視線を川の方へやると、自分の膝に頬杖をついて穏やかな表情で語り出す。
「私、予言日記に対して本気だったんだよね。本気だったから……まさかこんな形で終わるだなんて思いもしなくて。飛鳥が引っ越しちゃうって知って、もう現実にならないんだって悲しいのとショックなのと、なんか裏切られた様な気持ちも全部、心の中でぐちゃぐちゃになってそのページだけ破り取ったの。それで、こんな気持ちになるくらいならもうやらないって、その時に決めたんだ」
葉月は、背負っていたものが綺麗になくなったような、洗い立ての微笑みを浮かべていた。
「ノートも側にあると悲しくなるからさようならの時に飛鳥にあげた。飛鳥の中で素敵な思い出のまま取っておいて欲しかったから。で、破り取ったこのページも捨てちゃおうと思ったんだけど……なんか、捨てられなかったんだよね。これを捨てたら本当に全部なくなっちゃうんだと思うと、ずっと捨てられなかった。もしかしたらって思いながら、未練がましく手帳に挟んで持ち歩いてたんだ、お守りみたいに」
「……そうだったんだ」
ずっと、葉月の願いはこのノートの一番最後のページで現実になる日を待っていた。けれどそれは諦められ、破り取られることで終わりを迎えたのだった。
それが叶わなかった、現実にならなかった葉月の予言。葉月が予言日記をやめて、もう始めない理由。
けれど——また、俺達は出会うことが出来たのだ。
「ねぇ、飛鳥」
頬杖をついたまま、くるりと葉月がこちらを向く。
「この私のずっと捨てられなかった予言。これは現実になりますか?」
“飛鳥のお嫁さんになる”
「……してみせます。その日が来るまで隣にいてもらえる様に、これからも頑張ります」
「ふふっ、私も! 現実にしてもらえる様にこれからも頑張ります!」
弾ける様な笑顔。それは再び出会えてから今日までずっと待っていた、一番輝く葉月の笑顔だった。
——これは、俺と葉月の予言日記だ。
「私ね、前にも言ったけど、飛鳥が居ればどこでも楽しいの。そこに飛鳥との思い出が出来るから、どんな場所でも特別になるの。今回の河川敷みたいに」
「……うん。俺も。葉月が居ればどこでも楽しい」
ここにまた、二人だけの新しい予言を書き足していこう。
二人でならきっとまた現実にしていける。そして最後の一ページを越えた先を、一緒に作り上げていこう。
「これからもたくさん作っていこう。俺達二人の思い出と、新しい未来を」
そこにはきっと、素敵な明日が俺達を待っているから。
「うん。葉月、水持ってきた?」
「持ってる持ってる。ちゃんと飲まないと熱中症怖いもんね」
並んで座ってほっと息をつくと、爽やかな風が高架下を流れていった。川の近くだからか、風もいつもより冷たく心地よく感じる。
「懐かしいね……」
「うん……」
太陽の日差しが反射して水面がきらきらと輝く。それを葉月は頬杖をついて眺めていた。その横顔はあの頃の女の子ではなくすっかり大人の女性のもので、胸がぎゅっと締め付けられる。
「あのさ、葉月……」
「うん?」
「えっと……」
大丈夫。まだ格好良くまとまってはいないけれど、今わかる範囲でいい。俺の答えを、今までの思いを、今葉月に伝えよう……いや、伝えたい。
「……これ。見て欲しいんだ」
俺が取り出したのは、一冊のノート。
「え、これ……」
「そう。持ってきてたんだ」
俺と葉月の予言日記。
「さっきも言ったけど俺、今予言日記書いてるんだ。あの日の続きから」
そう言ってページをぺらぺらと捲り、あの日の続き、葉月と俺が再び出会った最初の日のページを開く。すると葉月は隣から覗き込む様に俺の書いた予言を一つ一つ読んでいった。
「“葉月とまた話をする”」
「一緒に帰ったあの日のやつだよ」
「“葉月と二人で出掛ける”」
「これは今日実現して……って、声に出して読むのやめてくれない? 恥ずかし過ぎる」
「ふふっ。“葉月をお昼ご飯に誘う”“葉月の予定を聞く”“葉月の、”」
「わー! だからやめてってば!」
「あははっ、だって嬉しくて!」
「俺をいたぶるのが?」
「違う違う! 私のことばっかりなのが!」
きらきらと輝く様に笑う葉月は、とても、とても嬉しそうで。
「……そうだよ。俺、ずっと葉月のことばっかり考えてるよ。今も、昔も」
そんなに喜んでもらえるなら、もっと早く伝えられたら良かったと、後悔するほどで。
「俺、葉月のことが好きだよ。当たり前過ぎて気づけなかったくらい、ずっと葉月のことが好き。これからもきっと、ずっとずっと」
だから、心の中にいっぱいになったこの思いを、そのまま声に出してみた。言葉にすると単純で当たり前な文章になってしまったけれど、結局何をどう頑張って考えてもきっとこんな言葉になってしまうのだろうなと感じた。だったら、新鮮なまま、心に生まれたまま言葉にして渡せた方が、きっと良い。
これで良かったのだ。今日、このタイミングで気がつけて、伝えられたことがきっと最善で最良の方法だったのだ。
「…………」
じっと黙った葉月が予言書に目をやると、そこには今日の予言が書かれていた。
“葉月ともっと近づく”
「……飛鳥は、あの頃の私達と変わっちゃっても良いの?」
「変わるものだと思う。だってもう俺達は小学生の二人じゃないんだから。でも、変わらないものもあると思う」
「……何?」
「相手を大切に思う気持ち。気づいてなかっただけであの頃から俺、ずっと葉月のこと好きだから。葉月は?」
「…………」
「俺のこと大切に思ってくれてなかった?」
「……大切だったよ。すごく大切で、大好きだった」
そう言うと、葉月は自分の鞄から手帳を取り出すと、カバーの間に挟んであった綺麗に折り畳まれた紙を俺に手渡す。それは一ページ分のノートの切れ端で、開くとそこには一言、見覚えのある丸っこい字で書かれていた。
“飛鳥のお嫁さんになる”
「これ……」
「うん。予言日記の最後の一ページ」
俺の手元にあるノートを捲り、最後のページの破られた跡とその紙の破れている部分を重ねると、ぴったりと合わさった。
「実はね、一番最後に書いた予言は、全部の予言を現実にしてノートを使い切ったら本物の未来になるって、始めた時からずっと心に決めてたんだ。だから毎日の予言も最後のページの為の験担ぎみたいなものだったの」
「……じゃあ、俺とやってる時も書いてあったの?」
「うん。気づかなかったでしょ? 飛鳥って変な所鈍いから」
「…………」
それについては何も言えない俺に対して、葉月は「今の飛鳥には自覚あったんだ!」と笑っていた。そしてふと視線を川の方へやると、自分の膝に頬杖をついて穏やかな表情で語り出す。
「私、予言日記に対して本気だったんだよね。本気だったから……まさかこんな形で終わるだなんて思いもしなくて。飛鳥が引っ越しちゃうって知って、もう現実にならないんだって悲しいのとショックなのと、なんか裏切られた様な気持ちも全部、心の中でぐちゃぐちゃになってそのページだけ破り取ったの。それで、こんな気持ちになるくらいならもうやらないって、その時に決めたんだ」
葉月は、背負っていたものが綺麗になくなったような、洗い立ての微笑みを浮かべていた。
「ノートも側にあると悲しくなるからさようならの時に飛鳥にあげた。飛鳥の中で素敵な思い出のまま取っておいて欲しかったから。で、破り取ったこのページも捨てちゃおうと思ったんだけど……なんか、捨てられなかったんだよね。これを捨てたら本当に全部なくなっちゃうんだと思うと、ずっと捨てられなかった。もしかしたらって思いながら、未練がましく手帳に挟んで持ち歩いてたんだ、お守りみたいに」
「……そうだったんだ」
ずっと、葉月の願いはこのノートの一番最後のページで現実になる日を待っていた。けれどそれは諦められ、破り取られることで終わりを迎えたのだった。
それが叶わなかった、現実にならなかった葉月の予言。葉月が予言日記をやめて、もう始めない理由。
けれど——また、俺達は出会うことが出来たのだ。
「ねぇ、飛鳥」
頬杖をついたまま、くるりと葉月がこちらを向く。
「この私のずっと捨てられなかった予言。これは現実になりますか?」
“飛鳥のお嫁さんになる”
「……してみせます。その日が来るまで隣にいてもらえる様に、これからも頑張ります」
「ふふっ、私も! 現実にしてもらえる様にこれからも頑張ります!」
弾ける様な笑顔。それは再び出会えてから今日までずっと待っていた、一番輝く葉月の笑顔だった。
——これは、俺と葉月の予言日記だ。
「私ね、前にも言ったけど、飛鳥が居ればどこでも楽しいの。そこに飛鳥との思い出が出来るから、どんな場所でも特別になるの。今回の河川敷みたいに」
「……うん。俺も。葉月が居ればどこでも楽しい」
ここにまた、二人だけの新しい予言を書き足していこう。
二人でならきっとまた現実にしていける。そして最後の一ページを越えた先を、一緒に作り上げていこう。
「これからもたくさん作っていこう。俺達二人の思い出と、新しい未来を」
そこにはきっと、素敵な明日が俺達を待っているから。