「ふふっ」
隣を見ると、柔らかく微笑んだきこさんの姿。
「…どうか、しましたか?っていうか本は?」
「ううん。実は本、読んでないの」
きこさんの透き通った肌が風に撫でられる。色素の薄い瞳が優しく光り、淡い色の唇が静かに動く。
「なんか、すっごく大きくなったけど、本を読む時のそうまくんは変わらないなぁって。見ちゃってた」
この時、初めてわかった気がした。
石渕さんが顔を赤くした、理由。顔が赤くなるってこういうことか、と思う。
自分を見てくれている人から、花束みたいな言葉をもらった時、そうなるんだ。
「…かっこよくなったね、そうまくん。そうまくんは、私の自慢の幼馴染だよ!」
キラキラと輝く水面に、言いたくなった。俺の心は今、お前くらい光ってるって。
きこさんは、おかしい。俺の気持ちをころころ変える、魔女みたいな人。
さっきまでもやもやしてたのに、今こんなに、俺の心も体もきゅーんってなってる。
この人が何を言おうと、俺の心も連動して動く。
普段の俺が、俺じゃなくなるみたい。
そんなことができてしまう、おかしい人。
「…まじでなんなの、ほんと」
「ん?何か言った?」
息を大きく吸って、俺は言った。
「きこさんも、綺麗な人になったよ。俺の自慢の幼馴染だよ」
空は透き通った群青だ。川も透き通った水色だ。俺の青いTシャツも、きっと透き通るくらい、純粋な思いがこもっている。
恥ずかしくても、この世界に溢れた美しい青に言ってやったと思えば、大丈夫な気がする。
きこさんは、変わらぬ微笑みのまま、その言葉を受け取った。動揺なんて、一切しなかった。
「あははっ、ありがとう!」
きこさんは、弟を可愛がるような感じで、笑った。
もっと色々言いたいことはある気がするけど。
なんだか、今日はこれでいい気がした。
本にしおりを挟むのを忘れたくらい、君に夢中だったから。

その日の夜、俺は陽太にこう送った。
『今度遊ぶ時、俺自分の話ばっかりしたらごめん』
すぐ、こう返ってきた。
『なんかいいことあったんだ?全然いいけど』
いいことあったよ。めっちゃ、いいことあった。
次遊ぶのが楽しみで、どんな風に話そうか、ずっと考えてしまっていた。
四日後、俺はきこさんに「うずくまって、はいあがれ」という小説を貸してもらった。
勉強の合間に読むと、やる気が出てくる本。
おすすめメモを読んでも、やる気が出てくる気がした。
理由はなぜだか、よくわからない。
ただ、いつもより自分が元気なことは、よくわかっている。