話しながら歩いていると、突然、きこさんのスマホが鳴った。
「あ、電話だ。ちょっとごめんね」
きこさんはスマホをポケットから取り出すと、画面に少し微笑んだ気がした。
「もしもし。ちょっと早くない?…あ、もう近くまで来てくれてるの?ありがとう。…ちょっと、あと一時間くらい待っててもらえる?…ごめん。幼馴染(・・・)の子と話したくて」
幼馴染。なぜか、その言葉に引っかかった。通話してる相手は、男の人のようだった。声が少し低い。
「…うん。…うん。ごめんね。…わかった。じゃあ、また後でね。…うん、バイバイ」
プツッ、と、きこさんが電話を切る。
また、スマホ画面に微笑む。俺の心の中が曇る。
「…電話、誰ですか」
俺は、訊きたいわけじゃないのに、訊きたくないのに、そう言ってしまっていた。
「えーっと、大学の友達。今日こっちに遊びに来てくれたんだ」
「…その友達って、何人なんですか」
「今日は一人かな。いつもはあと二人いて、四人で遊ぶことが多いけど」
目線が、どんどんと沈んでいく。涼しい風が吹く。
「…男の人、ですか」
「うん!そうだよ」
ごめん。きこさん。
ごめん。
俺のこと、ずっと幼馴染って言わないでよ。幼馴染だけど、俺とそいつ、そんな違うかよ。
大学の友達って言う前に、えーっと、なんて付けないでよ。
なんでそいつは遊びに来たの。なんで今日は一人なの、そいつ。
男の人って、誰なの。
「…そうなんですね」
質問しつこくて、うざいって思ったかな。
そうまくんってこんな子だったっけ、って、変に思われちゃったかな。
勝手にこっちへ踏み込んで来ないでほしいって、思っても言わないでくれたのかな。
「どうしたの?そうまくん?」
「いやっ、なんでもないです。ごめんなさい、行きましょっか」
自転車をこいでいたさっきまでの自分との、気持ちの高低差がすごすぎる。
河川敷までもう少しの場所で電話がかかってきたのは、本当によかったと思う。
こんな状態で、いつもみたいにきこさんと話せる気がしなかったから。
「懐かしいね!当たり前だけど、全然変わってないな」
「俺、本読んでてもいいですか?」
「え、そうまくん本読むの?…じゃあ、私も読もうかな」
本をトートバッグから出して、静かに読み始める。
なんか俺、嫌だな。すねてる子どもみたいで。
もう本を半分くらい読んだ時だった。