きこさんがいなくなってしまうまで、あと少しになってしまった。
本屋にアルバイトで来るのは、今週の金曜日まで。
『きこさん一人暮らし始めるんだって』
陽太にそう送ると、また少しだけ、悲しくなってきた。
すぐ返信が届く。
『じゃあ離れ離れになっちゃうじゃん』
『うん。悲しい気がする』
『気がする、ってなんだよ 認めろよそれくらい』
陽太からの返信が面白くて、つい笑ってしまった。けれどそれもつかの間、すぐに気持ちが沈んでいく。
最後、どうすればいいだろう。どうやって、見送ればいいだろう。
「はぁ」
ため息が出てしまうけれど、きこさんのもとへ行くと、そんなのどこかに行ってしまう。
俺は今日も、きこさんに会いに行った。
「こんにちは、きこさん」
「こんにちは、そうまくん!」
いつもと変わらないきこさんの姿がある。悲しい気持ちよりも、わくわくの方が強いのかな。きこさんは。
それもそれできこさんらしい。
「そういえば、きこさんがバイト辞めちゃったら、ちょっと人手不足になりませんか?でも本屋だからそんなにかぁ…」
俺がそう言うと、きこさんが笑い出した。
「ふはっ!そうまくん、ちょうどさっきその話してたんだよ。店長と私で」
ふふっ、と、きこさんがずっと笑っている。
「きこちゃん辞めたら、そうまくんにアルバイトしてもらおうかなって言ってたよ、店長」
「え、無理」
「ふははっ!無理ですって、店長!」
お腹を抱えて笑うきこさんにつられて、俺も笑ってしまった。
「私さー、本当は春から一人暮らししたかったんだけど、なかなかいい物件がなくてね。グダグダ迷ってたら、こんな中途半端な時期になっちゃったの。だからそうまくんは、一人暮らしする時は早めに物件探ししておいた方がいいよ」
「まだ未知の世界すぎて考えられませんよ、そんなこと」
「そっかぁ。案外あっという間に大学生になっちゃうものだよ?」
もし、俺が大学生になって、きこさんの元へ突然会いに行ったら、どんな反応をされるんだろう。
その頃にはまた、きこさんは変わってるのかな。
俺も、変わっちゃうのかな。
また少しだけ、将来のことを考えられた。
それから俺は、何度も本屋に行った。
一日何回も自転車をこいだ。汗を流した。
やがて、きこさんは本屋に来なくなった。
その日で、もうきこさんのバイト姿をこの本屋で見ることはできなくなった。
それでも、河川敷で会える。一度だけだけれど、会える。
そう思えば、勉強も頑張れた。