七月上旬――。

 茹だりそうな暑さの中、トートバッグを肩に掛け、堤防道を歩く。
 右を向けば、大きな川。左を向けば、昔馴染みの住宅地。その住宅地のうちの、年季が入った一軒家のベランダから、手を振る影が一つ。

「気をつけんだよーっ!」

 洗濯物を干している手を止め、こちらに叫んでいるのは、正真正銘、僕の母親だ。
 道を歩いていた人が、その声に反応し、ベランダの母親と、堤防道を歩く僕を交互に見上げた。

「わかってるって」

 恥を掻いた気分だった。
 勘弁してくれよ――小さく呟くと、近くの階段工から堤外地の道へと降りる。自然と、足を進めるスピードが速くなった。
 昔から、母親のことがあまり好きではない。もう二十歳だというのに、門限はあるし、一日の報告を毎日しなければいけない。制約や制限が多いのだ。僕が女であれば、百歩譲って気持ちはわからなくもない。しかし、僕は男だ。ここまで過干渉だと、どんなに暑かろうが、外に出たくもなる。
 本当は、十分に冷房の効いた部屋で、のんびりと読書の時間を過ごしたい。が、少しでも長く外にいれるよう、家のすぐそばにある河川敷を重宝している。高架橋の真下が日陰で、それなりに暑さを凌いでくれるのだ。中学生のころから、あししげく通っている場所だ。
 隣町と繋がっている橋の真下に着くと、ブロックの上に腰を下ろし、トートバッグの中から天然水を取り出した。一口飲めば、カラカラだった体内に、いっきに水分が巡り渡る。

 ――気持ちいい。

 川風が心地よく吹き、火照った頬をひんやりと冷やしてゆく。何度か深呼吸をして、体内に籠っていた熱をじっくり時間を掛けて放出する。
 読書をするためのコンディションは整った。
 (こめ)(かみ)から垂れる汗をシャツの襟元で拭うと、次はトートバッグの中から主役を取り出す。

 二年前、みぃちゃんがこの町を出る前に、僕にくれた一冊の小説。
 あの日も、僕は――僕らは、ここにいた。