ざわざわとにぎやかな学生食堂で箸が止まった。
大学の昼休みに璃乃は友人とともに食堂に来ていた。

「璃乃? 大丈夫? 箸とまってるよ」
「……あ。ごめん。ぼっとしていた。あまりも美味しくてさ」
「え? 200円学食が?」
「いやいや、こんなコスパ良すぎでしょ。とんかつ、キャベツ千切りに味噌汁、小鉢にごぼうサラダ、白ごはんって……。マジ、神だわ」
「た、確かに安くてうまいし、ボリュームあるけど、限定80食だからね。後から来た人は550円払わないといけないけどさ」
「…………」

 また璃乃の手が止まる。昨日の煕との出来事を思い出すだけでぼんやりとしてしまう。ご飯が無くても胸がいっぱいだ。
水川茉理子(みずかわまりこ)は、大学での同じ選択科目の友達だ。なんでも話せる友人の1人でもある。
「ねぇ、本当に何かあったの?」
「え? いや別に……何もないよ。このとんかつってヒレカツかなロースカツかな?」
「そんなのどっちでもいいわ」

 黙々と食べ始める璃乃のもとに1人の男性が声かける。がやがやと食堂は騒がしかった。

「璃乃さん、昨日はごめんね。ありがとう」
「え、あ?! うん。坂本くん。ありがとう」
「えー、璃乃、坂本くんと接点あったの?」
「うん、テニスサークルで一緒で、ね? 昨日ダブルスでペア組んでさ」
「嘘、坂本くんと? ちょっと、坂本くん。大丈夫? 璃乃で本当に大丈夫だった?」
「ちょっと茉理子、なんでそんなこと言うのよ」
「だってぇー……」
「大丈夫も何も、僕は璃乃さんと一緒にペア組みたかったから声かけたんだ。迷惑だったかな?」

 眉をさげた坂本のビジョンはキラキラしていた。璃乃は慌ててフォローする。2人のことをじっと茉理子は見つめていた。

「全然全然! 問題ないよ」
「そっか良かった」
 すぐにご機嫌になる坂本の表情を見て、璃乃の胸にきゅんとささる。こんな自分を相手してくれるなんて申し訳なくなる。ふと、璃乃は、トレイの横の手元を見た。

「あ、メッセージ通知だ。ごめんね」
 スマホにピロンと通知が来ると席を立つ璃乃がいた。その姿を見て、坂本はがっかりとした顔をした。隣にいた茉理子はしっかりと見ていた。

「ねぇ、坂本くん。もしかして……——」
 茉理子は坂本に問い詰める。璃乃は笑顔で煕に電話をかけていた。メッセージの返事するだけでよかったのに、電話をかけたくなった。煕もちょうど昼休みだったらしい。坂本の目をよそに璃乃の心が満たされていた。

 食堂の200円学食が売り切れの札が出されていた。