「あがれ、あがれ」

 あいにくの土砂降りの雨の中、東高校との練習試合が行われていた。
サッカーはどんな雨でも試合は続行する。雷が鳴らなければ、よほどのことで中止になることはない。
サッカーグランウドに屋根はない。応援に来ていた監督、コーチや先生、保護者はレインコートや傘を差して、コートの端で待機している。持っている荷物はびしょぬれだ。

「行け、行け」

 煕は、高校2年でレギュラーとなり、ポジションはゴールをひたすら取りにいくFWだった。とにかく攻めていく。ユニホームが雨に濡れようが、靴がぐしょぐしょになろうが、ボールを追いかけて進んで行く。ボールに芝がついていても、勢いよく蹴れば転がっていく。修哉は攻めるよりも守る方がいいとDFのポジションについていた。煕の様子を後ろから見守っていることが多い。チームのFWとMFの行動力が半端なく、自分の仕事がまわってこないことが多くて寂しいと感じることもある。

 煕の攻めのシュートでどうにか1点を取ることができた。キーパーとの心理戦で見事勝利できた。

「やったな!」

 煕は修哉と肩よりも高い位置でハイタッチして喜んだ。
 ホイッスルが鳴った。試合が終了した。
 雨はずっと降り続けている。みな汗なのか雨なのかわからないくらい濡れていた。
 
 サッカー部マネージャーがチームみんなに温かいス―プを紙コップに配っていた。

「お疲れ様。みんながんばったね。あたしの特製わかめスープで次の試合もがんばって!」
「それってインスタントだろ?」

 チーム一同笑いが巻き起こる。それでも温かいスープにみんなはほっこりしていた。

「げぇ、ばれた? でも紙コップに入れる手間を考えたら愛情たっぷりだよ」
「りっちゃんのスープは日本一だね」
 のんびりほんわか副部長の佐藤唯斗(さとうゆいと)の言葉で和んでいく。
「うまいよ」
「美味しいです」
「うん、体温まった!」

 他の部員が気を遣うようにフォローする。悪態のつくのは近しい関係である証拠だ。

「先輩、あまりマネージャーいじめないでくださいよ」
「いいんだ。俺の特権だろ?」
「はいはい。ごちそうさまです」

 部長の藤原 榎生(ふじわらかい)は、マネージャーの永嶋律(ながしまりつ)と付き合っている。とても仲が良い。3年間一緒の部活で過ごしてきた。チームの雰囲気もこの2人ののんびりペースに巻き込まれている。

「試合って午後まで差し掛かるんですか?」
「ああ、勝ち抜きトーナメントだからな。今試合勝てたし、次は全部3年のチームと勝負するみたいだぞ」
 煕は藤原部長に声をかける。まさか午後まで練習が伸びるのは聞いていなかった。デートの約束を午後にしていたのをどうしようと悩む。そこへ修哉が顔をにょきっと出して話し出す。

「部長、何だか煕は午後から予定があるらしいんですよね。ばぁちゃん入院してるからお見舞いに行かなきゃいけないって……なぁ? そう言ってなかったっけ」
「え、ん? う、うん」
 突然の修哉の計らいにドキッとしたが、慌てて返事をした。

「あー、そうだったのか。ばぁちゃんはいつ死ぬかわからないしな。行ってあげないとまずいな」
(分かってくれてるんだろうけども、何だか納得していいんだかどうかわからなくなるな)
 煕は嘘をついて抜け出そうとしていることに罪悪感を感じる。実際のばぁちゃんは御年60歳でバリバリ仕事する元気な人だ。
倒れるとか考えられないくらいの動きをしている。

「すいません、前もって予定言っておけばよかったんですけど」
「いや。大丈夫だ。ばあちゃんに会って元気付けてやれよ。監督やコーチには言っておくから」
「あ、ありがとうございます」

 修哉はグットのポーズを作って笑顔で煕を送り出した。時刻は午後2時。約束の時間まで30分しかない。
びしょぬれの雨の中、自転車を漕いで、自宅に向かう。急いで着替えて、待ち合わせ場所に行かないととそれだけを考えていた。
遠くの方で雷がゴロゴロと鳴る。サッカーの試合が中断となった。煕が抜け出してから数分後のことだった。