会いたい。

 チヒロに会いたい。

 父さんと母さんは、せっかく沖縄に来たのだからと、やはりソーキそばを注文した。僕は食欲がなくて、グァバジュースだけ頼んだ。

 すると父さんは、

「サンドイッチなら食べられるだろう。飲み物だけじゃ力がでないぞ。残した分は俺が食べるから」

 と、かってにオーダーを追加した。

 僕は大事なことを思いだして、

「俺のホテル代、代わりに支払ってくれたんだよね。返すよ」

 椅子の背にかけていたショルダーポーチから、財布を取りだそうとした。それを、

「いいよ、いまは」

 父さんは片手を振り、断った。

「じゃ、家にもどったらちゃんと返すから」

 僕がまじめに言うと、父さんと母さんは息を合わせたようにやわらかな苦笑いを浮かべ、うなずいた。

 昼食を済ませても、飛行機の搭乗時刻まで2時間ほどあった。
 両親を宮古島まで来させてしまった負い目があり、

「ねぇ、ふたりで近場(ちかば)を観光してくれば。せっかく南の島に来たんだからさ。俺は空港のなかで時間つぶしてるから。行ってきなよ」

 と提案した。

「だめよ。行くなら善巳もいっしょでなきゃ」

 母さんは顔をしかめてごねたけど、

「俺、高3だよ。子どもじゃないんだから。いいから行ってきなよ。ほらっ」

 と、ちょっと強めにうながした。
 父さんが乗り気になってくれて、

「そうだよな。せっかくだからちょっと出かけてくるか。急に休みを取ったお()びの土産を職場に持っていきたいしな」

 渋る母さんの腕を取って、やや強引に立ちあがらせた。

「えー。ちょっと、お父さん。もう。善巳、ちゃんと空港にいてよね。どこにも行かないでよね。約束よ」

 母さんは心配でたまらなさそうに念を押し、父さんにがっちり腕を組まれてエントランスに引っぱられていった。

 ──どこにも行かないでよね。約束よ。

 母さんの言葉が、心に()かった。

 僕からなにか、感じるものがあったんだろうか。
 だとしたら、母親の勘ってすごいなと恐れ入った。

 一度はじぶんの死を受け入れた僕の心の(あや)うさを、見透かしたのだろうか。

 ホテルに置いたままだったスマホが、父さん経由で今朝、僕の手もとにもどってきた。

 さっそく確認したいことがあり、スマホのスイッチを入れた。
 ラインアプリを開き、神部にメッセージを送る。

 既読はすぐについた。
 でも返信はない。
 面倒くさいことを頼みやがって。ぶつくさ文句を垂れているのではないか。

 十数分が経過し、通知音が鳴った。

 神部が僕の頼みごとに(こた)えて、1年生のときのクラスの集合写真を送ってくれたのだ。
 タップして写真を画面いっぱいに広げる。

 鎌倉遠足のときの写真だった。

 ひとりの女子生徒の顔が赤マルで囲まれている。

 そのわきに赤字で、“吉川さん”と書きこまれていた。

 チヒロだ。

 顔立ちはいまよりちょっと幼く見えるけど、僕が知っているチヒロにまちがいない。

 お(ひな)さまの輪郭(りんかく)にもっとまるみを持たせ、こころもち垂れ目にして、鼻先をちょっとだけあげた顔立ち。

 僕が見てきた、僕と過ごしてきたチヒロだ。

 あの女の子は、僕がつくりだした幻じゃなかった。

 幻視を見ているんじゃなかった。

 なぜって僕は彼女と出会うまで、チヒロの顔を知らなかったから。

 校内で擦れちがっていても、その容姿を記憶していなかったから。

 僕が脳内でつくりだした女の子と、現実に存在していたチヒロの姿が、一致するわけがないんだ。

 真実がはっきりすると、チヒロと会いたい気持ちがいっそう強まり、胸が苦しくなった。

 サクッ、と聞き逃すほどのボリュームで通知音が鳴った。

 神部から新しいメッセージが届いたのだ。

明々後日(しあさって)な。お土産を忘れずに登校しろよ〉

 僕は〈OK〉のスタンプを返し、立ちあがった。
 神部とその彼女へ渡す、琉球ガラスのペアコップを買うために。