「すごく冷めてる子どもだったの。現実主義の母に、洗脳されてたのね。そのせいで、友だちから嫌われちゃったの。
『チヒロちゃんはなんでも、“それ違う”って言うよね。ぜんぜん話があわないし、一緒にいてもつまんない』って仲間はずれにされたの。
今風の言葉で言うなら“テンション下げ女”になるのかな。
すごくショックだったけど、そのとき『はっ』て気づいたの。
いっしょにいてもつまらない、ってそう言われてみればわたし……お母さんといてもぜんぜん楽しくない。
怒られてるわけじゃないけど、なにに対してもケチをつけてくるから。
なるべくならいっしょにいたくない、それがわたしの本心だってわかったの……」
星明かりに照らされたチヒロの横顔は、夜に溶けてしまいそうなほどはかなげに見える。
手を伸ばして抱きしめたいけれど、いまチヒロが望んでいるのはそういうことではないのだと、彼女がかもしだすバリアを張るような気配から伝わってきた。
わたしね──と視線を海へ据えたまま、チヒロがまた話しだした。
「そのときから、じぶんを変えることにしたの。わたしはいつか生まれてきたじぶんの子に、わくわくする夢を与えられる大人になろう。
人のために、ときにはうそをつける人間になろう。だって現実にわかっていることだけがすべてではないでしょう。
曖昧なことも、うそみたいなことも、世のなかにはたくさんあるから。
でもね、わたしが友だちや世のなかの一般的な考えかたに寄っていくほど、母とのあいだにますます溝ができていって……。
意見の衝突もしょっちゅうで、もうぜったいわかりあえないってわかったの。……あれ?」
チヒロはとつぜんわざとらしげに「ふっと」と笑い、首をかしげた。
「なんでこんな話をしたんだろ。星の話をしてたのに。やぁだ。もう、どうでもいいのに。わたし、死んじゃってるんだから」
さばけた口調で言い、透明度が失われて濁って見える波打ちぎわへ、一歩二歩と近づいた。
うそだ。どうでもいいわけがない。
強がっているチヒロのうしろ姿が、どうしようもなくいたいけに映った。
こうして僕のそばにいて、愛してると言ってくれても、チヒロの心をいちばん大きく占めているのはお母さんのことだ。
わかりあえなかった悔しさがあるんだろう。
死後早々に、部屋のものを片づけられてしまった不信感があるんだろう。
じぶんは母親に愛されていなかったんじゃないか。
疑いの渦に巻かれて、チヒロは深く傷ついている。
お母さんとわだかまったままなのも、心残りなはずだ。
「あのさ……」
チヒロの背中に声をかけた。
「チヒロのお母さんに、僕が話してみるっていうのはどうかな。チヒロさんは成仏せずに、まだここにいますって」
「だめ! ぜったい信じるはずないからっ」
ふり返り、チヒロは強い語気で突っぱねた。
「ヨシくんが頭のおかしな人に思われるだけよ。わたしの母はそういう人なの」
「いや、でも真剣に話したら信じてもらえるんじゃないかな。たとえば、チヒロの家族だけしか知らない情報を伝えてみるとか」
「だめだってば! 100パーセントあり得ないの! わかってないよ、ヨシくん。
ヨシくんのお母さんとは真逆の人なのよ。……わたしね、成仏しきれてないこと、母にわかってもらわなくていいの。
……ごめんなさい。わたしのせいでヨシくんによけいな気を使わせちゃって。もうあの人の話はぜったいしない。忘れることにする」
チヒロが心のシャッターを閉めた音が──冷たく響き渡ったような気がした。