「わたしは……幼稚園の先生の話を信じてたの。園で飼ってたウサギが死んでしまったときね、先生が『ウサギさんはお星さまになりました』ってみんなに言ったの。
ちいさかったから、もちろんそれを信じ切ってた。でもうちの母は……それをばっさり否定したの。
子供だましみたいなことは言わない人だから。昔っから」
言葉尻が、ひるむほど冷たく聞こえた。
チヒロらしくない硬い声で、彼女はさらに言った。
「生きものは死んだら終わり。星になったりしない。なににもならない。そう言い切ったの。
星のなりたちについてはね、ちいさい子用の〈宇宙のしくみ〉っていう本を与えられて、『これを読んで、じぶんで勉強しなさい』って」
どう思う?……と意見を求めるような目で、チヒロは僕を見た。
ふいを衝かれたように戸惑いはしたけど、
「……すごいね。そういうのって放任……とは違うか。わからないことはじぶんで調べろって。
突き離しているようでもあるし、自主性を育てているようでもあるし」
僕なりに感じたことを伝えた。
「冷たい母親って、はっきり言ってくれていいのよ」
チヒロは反感をにじませた笑みを浮かべた。
「ヨシくんはサンタクロースの存在を信じてたでしょう? 幼いときはみんなそうよね。
クリスマス・イブ。眠っているあいだにこっそりサンタさんが訪れて、枕もとやツリーの下に欲しかったプレゼントを置いていってくれる。
子どもにとっては誕生日と並ぶ、大イベントよね。わたしはサンタクロースのことを、幼稚園のクリスマス行事ではじめて知ったの。
友だちはみんなとっくに知ってて、サンタさんからシルバニアファミリーのおうちセットをもらったとか、ディズニープリンセスのドレスをもらったとか話してた。
先生も『よかったねー、みんないい子にしてるからサンタさんが来てくれたのよー』って笑って言ってて……」
ふっ、とチヒロは重いため息をつくのに似た、含み笑いを漏らした。
「わたしの母は、サンタクロースの存在をきっぱり否定したの。子どもはみんなだまされてる。プレゼントを用意してるのは、ほんとうはその家のお父さんやお母さんだ。 わたしにそう教えたの。
それにうちはキリスト教の信者ではないから、クリスマスはしないってはっきり言ったの。
その言葉通り、一度もクリスマスプレゼントをもらったことがないし、クリスマスツリーやケーキ、チキン料理もなし。お誕生日のお祝いはしてくれたけどね」
話がふいに止まり、沈黙が落ちた。
間近で打ち寄せる波音が、チヒロの声が途絶えた隙間を埋めていく。
「……どうして……」
とチヒロは暗い海へ向けて、ぽつりと言葉を投げた。
「どうしてわたしの母は、よそのお母さんみたいに、うそをついてくれなかったのかなぁ。
サンタのこともウサギが星になったことも、肯定してくれなかったのかなぁ。
ほんと、夢がない人なんだから……」
誰にともなく文句をこぼしている、そんなような物言いだった。
チヒロが心に抱えている、納得できない思いはよくわかる。
でもいまは、いっしょにチヒロのお母さんを非難してはいけないような気がした。
「あーと。まぁ、そうだ……けど、うそがつけなかったんじゃないかな。そういう人、いるよね。
悪い言いかたすると……バカっ正直…っていうか…」
言葉を選びながら、慎重に答えた。
それに対してチヒロは、「くっ」とちいさく噴きだした。
「バカっ正直ってけっきょく、じぶんが一番大事ってことでしょう? うそつきになりたくないから、事実を言う。
子どもに夢を与えてわくわくさせるより、正直なじぶんでいたい。それで子どもがガッカリしようがおかまいなし」
人が変わったように、にべもない口調だった。
じぶんの気持ちを落ち着かせようとしているのか、チヒロはすうっと息を吸うようなしぐさをした。
「……小学生のときの、わたしってね……」
一転してしずかなトーンになり、話をつづけた。
ちいさかったから、もちろんそれを信じ切ってた。でもうちの母は……それをばっさり否定したの。
子供だましみたいなことは言わない人だから。昔っから」
言葉尻が、ひるむほど冷たく聞こえた。
チヒロらしくない硬い声で、彼女はさらに言った。
「生きものは死んだら終わり。星になったりしない。なににもならない。そう言い切ったの。
星のなりたちについてはね、ちいさい子用の〈宇宙のしくみ〉っていう本を与えられて、『これを読んで、じぶんで勉強しなさい』って」
どう思う?……と意見を求めるような目で、チヒロは僕を見た。
ふいを衝かれたように戸惑いはしたけど、
「……すごいね。そういうのって放任……とは違うか。わからないことはじぶんで調べろって。
突き離しているようでもあるし、自主性を育てているようでもあるし」
僕なりに感じたことを伝えた。
「冷たい母親って、はっきり言ってくれていいのよ」
チヒロは反感をにじませた笑みを浮かべた。
「ヨシくんはサンタクロースの存在を信じてたでしょう? 幼いときはみんなそうよね。
クリスマス・イブ。眠っているあいだにこっそりサンタさんが訪れて、枕もとやツリーの下に欲しかったプレゼントを置いていってくれる。
子どもにとっては誕生日と並ぶ、大イベントよね。わたしはサンタクロースのことを、幼稚園のクリスマス行事ではじめて知ったの。
友だちはみんなとっくに知ってて、サンタさんからシルバニアファミリーのおうちセットをもらったとか、ディズニープリンセスのドレスをもらったとか話してた。
先生も『よかったねー、みんないい子にしてるからサンタさんが来てくれたのよー』って笑って言ってて……」
ふっ、とチヒロは重いため息をつくのに似た、含み笑いを漏らした。
「わたしの母は、サンタクロースの存在をきっぱり否定したの。子どもはみんなだまされてる。プレゼントを用意してるのは、ほんとうはその家のお父さんやお母さんだ。 わたしにそう教えたの。
それにうちはキリスト教の信者ではないから、クリスマスはしないってはっきり言ったの。
その言葉通り、一度もクリスマスプレゼントをもらったことがないし、クリスマスツリーやケーキ、チキン料理もなし。お誕生日のお祝いはしてくれたけどね」
話がふいに止まり、沈黙が落ちた。
間近で打ち寄せる波音が、チヒロの声が途絶えた隙間を埋めていく。
「……どうして……」
とチヒロは暗い海へ向けて、ぽつりと言葉を投げた。
「どうしてわたしの母は、よそのお母さんみたいに、うそをついてくれなかったのかなぁ。
サンタのこともウサギが星になったことも、肯定してくれなかったのかなぁ。
ほんと、夢がない人なんだから……」
誰にともなく文句をこぼしている、そんなような物言いだった。
チヒロが心に抱えている、納得できない思いはよくわかる。
でもいまは、いっしょにチヒロのお母さんを非難してはいけないような気がした。
「あーと。まぁ、そうだ……けど、うそがつけなかったんじゃないかな。そういう人、いるよね。
悪い言いかたすると……バカっ正直…っていうか…」
言葉を選びながら、慎重に答えた。
それに対してチヒロは、「くっ」とちいさく噴きだした。
「バカっ正直ってけっきょく、じぶんが一番大事ってことでしょう? うそつきになりたくないから、事実を言う。
子どもに夢を与えてわくわくさせるより、正直なじぶんでいたい。それで子どもがガッカリしようがおかまいなし」
人が変わったように、にべもない口調だった。
じぶんの気持ちを落ち着かせようとしているのか、チヒロはすうっと息を吸うようなしぐさをした。
「……小学生のときの、わたしってね……」
一転してしずかなトーンになり、話をつづけた。