池のなかの花と葉をよく見てみると、水面に浮かんでいるのではなく、水中から緑の(くき)がぐんと伸びて、しっかり立ちあがっている。

「あー。だからこれはハスなんだ」

 特徴(とくちょう)を理解した僕に、チヒロはさらなる知識を伝授してくれた。

「葉にも違いがあるの。円形なのは同じだけど、切れこみがあるのがスイレン。ないのがハス」

「ここのは……あー、たしかに切れこみがないや。違いに気がつかなかったよ。さぁすが園芸部部長!」

 感心しきりでチヒロを大げさにヨイショすると、彼女は頬を赤らめて、ぶるんぶるん首をふった。

「もうっ。たいしたことじゃないから、からかわないでね」

 チヒロは母親に内緒で園芸部に所属し、部長まで務めていた。
 その話をチヒロと出会った翌日に、彼女から教えてもらった。

 学校の校門わき、昇降口前、職員室の窓下にある花壇の植え替え……。

 それらも園芸部の活動の一環(いっかん)だそうで、(えん)の下の力持ちとなって校内をたくさんの花で彩ってくれていたのに、認知不足だったことを申しわけなく思った。

 あのとき、「知らなくてごめん」とシュンとなって謝る僕に、チヒロは恐縮して、

「そんな。気にすることじゃないから。だってほんとに地味な部だもの。部員はわたしを含めてたった4人だし、活動日数も週1ぐらい。
 それでも部として認められてるのは、植え替えや手入れを業者さんに頼むより安く済むっていう裏事情があるからだと思うの」

 そう言って眉尻をへなっと下げ、しかたなさそうに微笑した。

 ハスの花は午前中に満開になり、午後には閉じてしまう特性があるという。

 だから僕たちは早起きして出かけたのだけど、ハス池のボードウォークや池の周囲にはハスの花目当ての入場者がすでにぱらぱらいて、みんなスマホやカメラをかまえてベストアングルを探っていた。

 僕とチヒロはボードウォークのまんなかに居座り、人が近づいたら会話をやめ、去ったらつづけるをくり返した。

「ハスの花の寿命(じゅみょう)って、4日ぐらいなんですって」

 いまを盛りとあたりいちめんに咲きほこるハスをぼんやりした目で眺めながら、チヒロがつぶやくように言った。

「4日って……どうなんだろう。短いほうなの?」

「そう。短命なほうだと思う。置かれている環境にもよるけど、バラやカーネーションの一輪一輪はだいたい7日から10日くらい咲いているから。
 ランの花は開花日数が長くて、とくに胡蝶蘭(こちょうらん)の鉢植えは1か月以上も咲きつづけることがあるの。
 対照的にとっても短いのは朝顔やハイビスカス。一輪の花が咲いてからしぼむまでの寿命がたった1日で、一日花(いちにちばな)っていわれてるの」

「イチニチ?! なんかそう知ると、かわいそうになっちゃうな」

 短すぎる寿命に驚いて、僕がぽろりと言うと、

「ヨシくん、やさしいから……」

 本心なのかおだてなのか、チヒロはおもしろがるふうに目を細めて僕を見やった。

「か、ら、か、う、な」

 照れ隠しから、わざと命令形で言った。
 さらにチヒロの肘をこづくまねをしたら、

「からかって、ません」

 チヒロは笑いながら首をふり、視線を僕からハスのほうへそっともどした。

 うららかな光に照らされて、チヒロの横顔はやすらいでいるように見えた。

 ちょっと低めの鼻のライン。

 やわらかそうな頬。

 僕より長くて、うわ向いたまつ毛。

 しぜんな赤味のくちびる。

 白い首すじのホクロ……。

 すべてがいとおしくて。

 いとおし過ぎて……。

 僕はじゅうぶん満たされているはずなのに、どうしてか胸がつんと痛くなった。

「わたし……カンパニュラが一番好きな花だったけど……こうしてハスが咲きそろっているところを見ると、甲乙つけがたくなっちゃう。
 ハスは仏教につきものの花っていう先入観で、地味なイメージを持っていたから」

「え、そうなの? ごめん、ぜんぜん知らないや。チヒロってもしかして仏教の信者とか?」

 ちがう、とチヒロは笑み、ゆったり(かぶり)をふった。