いまチヒロが身を置いていたい場所といったら、たぶん明るくて人がにぎわっているところ……。

 はっ、とある場所がひらめいた。

 空振りに終わるかもしれない。

 それでもじぶんの勘を信じて、とにかく行ってみよう。

 僕は駅の方向へ駆けだした。

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「……見ぃつけた」

 座ったまま眠るようにまぶたを閉じていたチヒロは、僕の声にびくっとして、目を大きくした。

 宇宙人と遭遇(そうぐう)したみたいな顔で、声を失っている。

 新宿東口の駅前広場は、ピカピカした(はがね)の巨大なモニュメントのまわりやベンチシートなどそこかしこに、たくさんの人がたむろっていた。

 酔っぱらった大学生らしき一団が馬鹿騒ぎしていたり、カップルがいちゃついていたり、女の子をナンパしているホストっぽい男もいる。

 それを遠巻きに眺めるように、奥の植栽(しょくさい)ブロックのところで、制服姿のチヒロはひとりぽつんと腰かけていた。

 チヒロの隣にそっと座った。煉瓦(れんが)の固さとひんやりした感触が、染みるように尻に伝わってくる。

「すごい……」

 チヒロは正面を向いたまま、言った。感情がなにひとつ、読み取れない声だった。

「わたし、GPSなんか携帯してませんけど……」

 ふっと肩の力を抜いたように、笑う気配がした。

「できれば、つけててくれたほうがありがたかった、かな」

 こぼすように言うと、チヒロはわずかに肩をすくめて、ちいさく笑った。
 頬にかかる髪を指ですくい、ゆっくり耳のうしろにかけている。

「どうして、ここにいるってわかったの?」

「さっきチヒロの家に行ってきた。けど誰もいないみたいだったから、じゃあどこにいるかって考えて、ここじゃないかと思って……。
 チヒロ、俺の部屋で言ってたでしょ。じぶんみたいにこの世をさまっている人がいるんじゃないかと思って、新宿に行ってみたって」

「そう。冒険(ぼうけん)できない(たち)なの、わたし。知らないところには、ひとりで行けない……」

 自嘲(じちょう)めいた口調で言い、

「でもわたし……ヨシくんに家の住所を教えた……?」

 チヒロはようやく僕のほうへ、顔を向けた。

 目がやわらかく細まっていても、ビルの明かりに照らされた顔は青みがかり、朝の印象よりずいぶんやつれて見えた。

「神部に聞いたんだ。1年のとき同じクラスだったんでしょ。
 なんであいつが調べられたのかは謎だけど、まぁとにかく助かった。
 そうだ。『一生恩にきる』ってラインを送ったら、笑えるスタンプが返ってきてさ」

 トーク画面を開いてチヒロに見せた。

 頭にちょんまげをつけ、扇子(せんす)を手にしたキモい顔の猫がえらそうにふんぞり返っている。
 かたわらには『()に不可能なことなし』のセリフ。

 チヒロは「ふふっ」と、しぜんにこみあげた感じの笑いを漏らした。

「冗談でも、こういうスタンプを使えるところがすごいんだよな、神部はさ」

 僕の率直な感想に、

「うん。なんでもさらっとこなしちゃう人よね。でも変におごってるところがないから、クラスのなかに神部くんファンの女子が何人もいたわ。
 わたしは“違う人”しか見てなかっ……た……け……ど」

 チヒロは急に語尾を濁し、横目でちらっと僕を見やった。

 面映(おもは)ゆげにうつむくしぐさから、“違う人”とは目の前の“僕”であるとモロバレさせている。
 話の流れで、ぽろりと口走ってしまったようだ。

 思わぬ告白を受けて、うれし恥ずかしの思いがじんわり胸に広がり、顔からしまりが失われそうになった。

 鼻の下が伸びきる前に、あわてて顔面をぐっと引きしめる。

 どうして僕になにも告げずに家を出て行ったのか。

 その問いは後回しにして、べつのことをきいた。

「家に誰もいなかったのは、どうして?」

「わたしのうち、父が福岡に単身赴任してるって話したでしょ。きのうわたしのお葬式を終えたあと、父は福岡に帰ったの。
 母は……おばあちゃんのところに行ったみたい。
 山梨でひとり暮らししてて、足を悪くしてるからお葬式には来なかったけど……。
 母は今朝わたしの遺骨を持って出かけたから、あっちのお墓に入れるつもりなんじゃないかな」

 なんだか他人事のような語り口だった。

「いっしょに行こうって思わなかったの? 山梨の……おばあちゃんのところとか、福岡のお父さんのところに」

 目線を膝に落としたチヒロは、ものうい表情でゆっくり首をふった。