無意識に詰めていた息を、ほっと解き放つ。

 なんて奇跡的なタイミングなのか。

 ただの偶然に過ぎないのだけど、二度かさなると母さんが救世主の女神に思えてくる。

「わかったー。入るよ!」

 ドアに向かい、いつになく素直に返事をした。しぶしぶというふうに腰をあげ、

「ごめん。ちょっと風呂入ってくるね。そんな時間かからないから」

 チヒロのつややかな頭のてっぺんに視線を落とし、ひとこと断った。

 チヒロは僕を一瞥(いちべつ)もせずに、ただ、こくっ、とうなずいた。

 ふてくされているわけじゃない。

 怒っているわけでもなさそうだ。

 でもPC画面を見つめるチヒロの目は、心ここにあらずといった感じで、ぼんやりした(まく)をかぶっている。

 クローゼットの戸を開けて、着替えを取りだした。

 チヒロの機嫌を取ったほうがいいのかな。

 心配が頭をよぎったけど、もうちょっとようすを見てからでもいいかと軽く考え、僕は部屋を出た。