「いや。むりむり。部活紹介のステージで見た、男女混合バンドのカッコ良さに(しび)れて軽音部に入ってみたけど……。
 楽器をさわって思い知ったんだ。俺には絶望的に音楽センスがないって。
 ギターとかがんばって練習してみたんだけど、やっぱりだめでさ。歌もうまくないし」

 何をやっても上達しなくて肩身が(せま)くなり、けっきょく半年でお(いとま)させてもらったのだ。以降は、のほほんと帰宅部を決めこんでいる。
 こんなしょうもない話なのに、チヒロは、

「そう……」と感慨深(かんがいぶか)げにうなずき、

「あきらめちゃったのはもったいない気もするけど……、そういうことってありますよね。
 努力をかさねても、望むような結果が得られないことって……」

 あきれるどころか、あたたかみのあるやわらかな声で、僕の気持ちに寄りそう言葉をかけてくれた。

 親身になぐさめてくれるチヒロのやさしさにじいんと感動しつつも、ますます心苦しくなり、

「えっと……。チヒロは植物の手入れ以外に、リラックスするとか楽しめることある?」

じぶんのうしろめたさを払うように、がらっと話題を変えた。

 聞くと、映画やドラマを観るのは好きだけど、時間がなかったり母親に制限されて、見逃してしまった映画や番組がたくさんあるという。

 好みのジャンルは、ファンタジーや恋愛ものだとか。

「映画だったら、なにが観たかった? ぱっと思いつくものある?」

 きいてみると、

「え……と、あ、あれ。去年の秋頃に地上波で放送されてたけど、それも観られなかった……『ファンタスティック・ビースト』の……」

「ああ! ちょっと待ってて」

 僕はローテーブルの上に起動したノートパソコンを置き、動画配信サービスに接続した。

 チヒロが挙げた映画のタイトルを打ちこみ、ラインナップ一覧に関連画像を表示させる。

「これ、いますぐ観られるよ。観る?」

「え……いいの?」

「もちろん。字幕と吹き替えが選べるけど、どっちがいい?」

「んー。ヨシくんは?」

「おれはどっちでも」

「わたしも、どっちでも」

「じゃあ吹き替えにしよっか。そのほうが映画に没頭(ぼっとう)できるから」

「はい」

 思いがけない流れにより、“おうちデート”がはじまった。

 PCディスプレイに目当ての映像が再生されるや、チヒロは愛くるしくて茶目っけたっぷりの魔法動物たちにたちまち魅了され、熱っぽく「かわいいっ」を連発した。

 対して僕は──。

 すでに視聴済みの映画はそっちのけで、チヒロのむじゃきな横顔をちらちら盗み見ていた。

 僕の隣で映画に夢中になっているチヒロは、ふつうの女の子とすこしも変わらない生気(せいき)を感じさせ、この世の人じゃないとはどうしても思えない。

 すこし色味が薄い姿で、あらゆる物と触れ合えない特殊性(とくしゅせい)があるとはいえ、幽霊のイメージとはほど遠く、みじんも恐怖を抱かせない。

 めぐり会う前からマジでチヒロを好きになっていたから、死者の彼女でも僕は会えてうれしいし──最初は腰が抜けるほどびっくりしたけど──好きって気持ちは、やっぱり変わらない。

 いつまでチヒロといっしょにいられるか、わからない。

 でもこの世にいるあいだは彼女にいっぱい笑ってもらいたいし、いっぱい幸せを感じてもらいたい。

 それを叶えるのが僕の使命なんだと、責任感のような思いがすっくと立ち上がった。

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 いい雰囲気で観ていた映画が、佳境(かきょう)に差しかかったときだった。

 邪魔立(じゃまだ)てするように、ラインの通知音がつづけざまに鳴ったのだ。

 誰からか気になって机の上のスマホを確認すると、神部からだった。

 ラインなんてめったに寄越さないのにどうした、と不可解に思い、タップして全文を開いた。すると白い吹きだしのなかに、

『俺の彼女(右)。とガモに紹介するはずだった彼女(左)』

 とメッセージがあり、写真が添付(てんぷ)されていた。

 マジか、と思わず目を見開いてしまった。

 (うわさ)には聞いていたが、神部の彼女はオリエンタルな雰囲気を放つ、べらぼうにきれいな大人顔の女子だった。

 長い黒髪を胸に垂らし、意志が強そうで妖艶(ようえん)な印象の目をまっすぐカメラに向けている。

 その隣で気取りのない笑みを浮かべている女子は対称的(たいしょうてき)に童顔で、ぱっちりした目もととふっくらしたくちびる、それにえくぼがとってもキュートだ。

 なんでわざわざ写真なんか送ってきたのか? 彼女自慢か?