1月20日
『今日は2回も善巳くんに会えて、すっごく幸せ。でもすれ違ったとき、思わず下を向いちゃった。せっかく急接近できたのに、バカだなぁ。』
1月30日
『また目を合わせられなかった……。やっぱりムリ。ぜったい顔が赤くなっちゃうもん。』
2月14日
『カガちゃん、サトりんと友チョコ交換。善巳くんに本命チョコを渡したいけど、どうしたらいいのかわからない。カガちゃんたちにも言えない。この思い、どうすればいいの?』
手帳を読みながら、僕の身体は湯気が立ちそうなほど“カーッ”と熱くなっていった。
いったいどこの女子が、どの〈善巳〉を思って書いたのかわからない心のつぶやきなのに、鼓動が暴れまくっておかしくなりそうだ。
のぼせたままつぎの頁、そのつぎの頁と夢中で読んだ。
シチュエーションに違いはあるけれど、〈善巳〉と会えた、会えなかった、と喜びや寂しさの心境が同じように綴られている。
こんな記述もあった。
『笑顔が大好き。とびきりやさしい顔になるから。ずっと見つめていたいけど、それは叶わぬ夢なのかな。恋人になりたいなんて望まないから、どうか卒業まで彼女はつくらないで』
僕は下くちびるを噛み、声を押し殺して「くーっ」とうめきながら、天井をあおいだ。よろめくように便座に座りこむ。
人の秘密をのぞき見ているうしろめたさ以上に、しびれるような興奮と甘酸っぱい思いが身体をかけめぐっている。
手帳の書き手は〈善巳〉に片思いをしていて、陰から見つめているのが精一杯という状況のようだ。
〈善巳〉の一挙手一投足に心が躍ったり、沈んだりしている。
純というか、じれったいというか……。
いったいどんな女の子なんだろう。
開いたままの頁を胸に押しあて、僕は想像にふけった。
きっとひかえめで、奥ゆかしい子なんだろう。
黒くつやつやしたバージンヘアで、守ってあげたくなるような華奢な身体つきで。
肌は透きとおるように白く、大きな瞳はいつもふし目がちで。
清純派アイドルのような女の子をかってに思い描いてうっとりしていたところへ、「はっ」と我に返させるゲンコツが落ちてきた。
馬鹿め。〈善巳〉はどこの誰なのか、まだ特定できていないのだ。
そわつく気分を拭い、きりりと心を引きしめて捜査を再開した。
やがて────。
ついに〈善巳〉を特定できる記述に行きあたった。
それは〈4月7日〉だった。
『やっぱりクラス替えなかった。わかってたけど、ガックリ。最後の一年、善巳くんと同じクラスになりたかったなぁ。あ~。私もみんなみたいに、気安く「ガモ」って呼んでみたーい』
「!!!!!!」
僕は拳をぐぅっと握り、高々と突きあげた。
胸の底から、身体を揺さぶる熱いものが、ものすごい力で噴きあがってくる。
雄叫びをあげそうな口をむっと結び、
「ヤッタ―――――っ」
と心のなかで絶叫した。
ガモ=俺のニックネーム!
まちがいない! 善巳は俺のことなんだ!
あぁ、神様。こんな幸せが僕なんかに訪れていいんでしょうか。
17歳と4か月目に舞いこんだ人生史上最大の僥倖を、僕は男子トイレのせま苦しい個室でしみじみ噛みしめた。
思えばモテるだとか女の子から告白されるシチュエーションと、無縁つづきの人生だった。
みんなから親しまれるわりにはバレンタインデーに義理感まるだしのチロルチョコしかもらえず、クラスで幅を利かせている気の強いねーちゃんグループからは、
「ガモって、なぁんか残念なんだよね」
とダメ出しされた身だ。
残念な理由は頼りがいがないとか、将来が不安そうとか、意外ととろいとか、何を言われてもヘラヘラしててキモいとか、うつけとか……。まー、出るわ出るわ。
軽い気持ちでイジッているとわかっていても、心はけっこう傷ついた。
それでもたしかにこのときも僕は、むっとする気持ちを抑えて、
「ちょっとー、そこまで言う? 勘弁してよー」
なんてつくり笑いを浮かべて、いじられつづけていた。
ジョークで盛りあがる場の雰囲気を、シラケさせたくなかったからだ。
そうなったのには、理由がある。
遡ること18年前。僕の両親は子どもが欲しくて欲しくてたまらなかったのに、ぜんぜん授かれずにいた。
『今日は2回も善巳くんに会えて、すっごく幸せ。でもすれ違ったとき、思わず下を向いちゃった。せっかく急接近できたのに、バカだなぁ。』
1月30日
『また目を合わせられなかった……。やっぱりムリ。ぜったい顔が赤くなっちゃうもん。』
2月14日
『カガちゃん、サトりんと友チョコ交換。善巳くんに本命チョコを渡したいけど、どうしたらいいのかわからない。カガちゃんたちにも言えない。この思い、どうすればいいの?』
手帳を読みながら、僕の身体は湯気が立ちそうなほど“カーッ”と熱くなっていった。
いったいどこの女子が、どの〈善巳〉を思って書いたのかわからない心のつぶやきなのに、鼓動が暴れまくっておかしくなりそうだ。
のぼせたままつぎの頁、そのつぎの頁と夢中で読んだ。
シチュエーションに違いはあるけれど、〈善巳〉と会えた、会えなかった、と喜びや寂しさの心境が同じように綴られている。
こんな記述もあった。
『笑顔が大好き。とびきりやさしい顔になるから。ずっと見つめていたいけど、それは叶わぬ夢なのかな。恋人になりたいなんて望まないから、どうか卒業まで彼女はつくらないで』
僕は下くちびるを噛み、声を押し殺して「くーっ」とうめきながら、天井をあおいだ。よろめくように便座に座りこむ。
人の秘密をのぞき見ているうしろめたさ以上に、しびれるような興奮と甘酸っぱい思いが身体をかけめぐっている。
手帳の書き手は〈善巳〉に片思いをしていて、陰から見つめているのが精一杯という状況のようだ。
〈善巳〉の一挙手一投足に心が躍ったり、沈んだりしている。
純というか、じれったいというか……。
いったいどんな女の子なんだろう。
開いたままの頁を胸に押しあて、僕は想像にふけった。
きっとひかえめで、奥ゆかしい子なんだろう。
黒くつやつやしたバージンヘアで、守ってあげたくなるような華奢な身体つきで。
肌は透きとおるように白く、大きな瞳はいつもふし目がちで。
清純派アイドルのような女の子をかってに思い描いてうっとりしていたところへ、「はっ」と我に返させるゲンコツが落ちてきた。
馬鹿め。〈善巳〉はどこの誰なのか、まだ特定できていないのだ。
そわつく気分を拭い、きりりと心を引きしめて捜査を再開した。
やがて────。
ついに〈善巳〉を特定できる記述に行きあたった。
それは〈4月7日〉だった。
『やっぱりクラス替えなかった。わかってたけど、ガックリ。最後の一年、善巳くんと同じクラスになりたかったなぁ。あ~。私もみんなみたいに、気安く「ガモ」って呼んでみたーい』
「!!!!!!」
僕は拳をぐぅっと握り、高々と突きあげた。
胸の底から、身体を揺さぶる熱いものが、ものすごい力で噴きあがってくる。
雄叫びをあげそうな口をむっと結び、
「ヤッタ―――――っ」
と心のなかで絶叫した。
ガモ=俺のニックネーム!
まちがいない! 善巳は俺のことなんだ!
あぁ、神様。こんな幸せが僕なんかに訪れていいんでしょうか。
17歳と4か月目に舞いこんだ人生史上最大の僥倖を、僕は男子トイレのせま苦しい個室でしみじみ噛みしめた。
思えばモテるだとか女の子から告白されるシチュエーションと、無縁つづきの人生だった。
みんなから親しまれるわりにはバレンタインデーに義理感まるだしのチロルチョコしかもらえず、クラスで幅を利かせている気の強いねーちゃんグループからは、
「ガモって、なぁんか残念なんだよね」
とダメ出しされた身だ。
残念な理由は頼りがいがないとか、将来が不安そうとか、意外ととろいとか、何を言われてもヘラヘラしててキモいとか、うつけとか……。まー、出るわ出るわ。
軽い気持ちでイジッているとわかっていても、心はけっこう傷ついた。
それでもたしかにこのときも僕は、むっとする気持ちを抑えて、
「ちょっとー、そこまで言う? 勘弁してよー」
なんてつくり笑いを浮かべて、いじられつづけていた。
ジョークで盛りあがる場の雰囲気を、シラケさせたくなかったからだ。
そうなったのには、理由がある。
遡ること18年前。僕の両親は子どもが欲しくて欲しくてたまらなかったのに、ぜんぜん授かれずにいた。