だからこそ吉川さんを放っておけないし、吉川さんの心に寄りそいたいと、本気で思った。でもじっさいどうすればいいのか……。

 最善の案がぱっと思い浮かばなかったので、単刀直入にきいた。

「吉川さんはこれからどうしたい? 早く成仏したい? それとも、このままこの世をさまよっていたい?」

 吉川さんのちいさなあごがゆっくりあがって──希望を失ったような力のない瞳が僕へとそそがれた。

「成仏……したいと言ったら? それを叶える方法があるんですか」

「え、と。確証はないんだけど、もう一度お(きょう)をあげてもらうとか、お(はら)いをしてもらうとか……?」

「お祓い……」

 吉川さんはふっと鼻で笑ったような笑みをこぼし、どことなく探りを入れる感じの目できいた。

「鴨生田くんは、どう思ってるんですか。早く成仏して欲しいって、思って」

「そんなことないよっ」

 吉川さんの声にかぶせて、全力で否定した。

「吉川さんと別れたくないよ、俺は! 成仏して欲しいなんて、一ミリも望んでない。 やっと出会えたんだから。もっと吉川さんと話したいし、知りたいと思ってる。
 今日みたいに自転車にふたり乗りして登下校したり、この部屋で映画を観たり、まったりおしゃべりしたり。
 ふつうのカップルみたいにデートとか……吉川さんといっしょにやりたいことが、山ほどあるよ」

 嘘いつわりのない気持ちが、するすると言葉になっていった。

 吉川さんは、はっと目を大きくしたかと思うと、固まっていたものがゆっくりやわらかくなっていくように、目尻を下げた。

「……ありがとう。鴨生田くんにそう言ってもらえて、なんだかほっとしたっていうか……うれしいです。
 わたし……生き返ることは絶対に不可能だってわかってるから、あとはもうなるがままにまかせようって、そういう気持ちになってるんです。
 姿が消えていくならそれはそれでしかたないですけど……、そのあいだに心残りだったことを叶えていければいいなぁって、思ってます」

「うんっ。うんっ。していこうよ。吉川さんのやりたいことを、ひとつひとつ叶えていこうよ」

 僕は身を乗りだし、勢いこんで同意した。

「まずひとつ目は? 全力でサポートしたいから教えて欲しい」

「えー……?」

 吉川さんは戸惑い混じりの細い声を漏らし、はにかみながらうつむいた。

 言おうかどうしようか、思案しているふうな間を置き、

「わたしも……」

 と、うっすら頬を赤くして、言った。

「鴨生田くんと、デートしてみたいです。いっしょに登下校したり、観たかった映画をいっぱい鑑賞したり、おしゃべりも……」

「うん! それ、ぜんぶ叶えていこうよ!」

 僕はさっきよりも、さらに勢いこんで大きくうなずいた。

 いまは吉川さんといっしょにいること、吉川さんに楽しんでもらうこと。それに全力を尽くそうと、気持ちが固まった。

「あの、ところで、ちょっとひとついいかな」

 僕は、ずっと気になっていたことを口にした。

「おたがいの呼び名なんだけど。『吉川さん』『鴨生田くん』って、たんなる同級生って感じで味気(あじけ)ないなって思うんだけど。
 できればもっとこう……彼氏と彼女っぽい呼びかたに……しない?」

 吉川さんの頬が、ふわーっとさくらんぼ色に染まった。

「はい……。いいと思います。じゃあ、鴨生田くんのことはなんて呼んだらいいですか」

「え……。鴨生田くん以外ならなんでもいいよ。『ガモ』でも『善巳』でも」

「えー。呼び捨ては、ちょっとまだ……」

 吉川さんは尻ごみし、

「え、と……。……じゃあ、『ヨシくん』はどうですか」

 今度は顔全体を、ぽうっと赤らめてきいてきた。

 ヨシくん。

 甘やかで透明感のある吉川さんの声で呼ばれたその四文字は、この世でたったひとつの特別な響きに聞こえて、僕の顔面はあやうく崩壊(ほうかい)しそうになった。

「最高」

 と吉川さんに向けて、右手でナイスのかたちをつくり、

「じゃあつぎは僕のほうね。ちひろ、ちひろちゃん、ちーちゃん、ちぃ。どれがいいかなぁ。友だちからはなんて呼ばれてるの」

「ヨッシー、です」

「ヨッシー……。うん……、それもかわいいけど、俺も同じっていうのはなんかなぁ。彼女の呼びかたっぽくないし。
 考えてみたら、俺もヨッシーに該当(がいとう)するひとりだしな。そう呼ばれことはないけど。
 チヒロ……。呼びすてだとなんか(えら)そうに聞こえるよね。女子の下の名前、呼び捨てにしたことないんだよなぁ。
 やっぱチヒロちゃんか、チーちゃんか……」

 ぶつぶつつぶやきながら悩んでいたら、

「あの……」

 と吉川さんが遠慮がちに声をはさんだ。