「はい。たとえば……わたしに携帯電話を持たせないとか」
「え、なんで」
「SNSをさせないため、です。社会を知らない無知な子に悪い影響を及ぼすものって、信じて疑わないんです、母は。
高校生のうちは必要ないって言い切ってますから。
ガラケーっていうんですか、古いタイプの。母はあれを持ってますけど、パソコンやタブレットもうちにはないんです」
「えー、一台はあったほうがぜったい便利だと思うけど。吉川さんのお父さんも、お母さんと同じ考えなの?」
「父は違いますけど……いっしょには暮らしてないんです。わたしが小5のときから福岡に単身赴任してるので。
でも離れて暮らしてて、かえって良かったんだって思います。両親が言い争ったり、険悪なムードになるのを見るのは嫌だから……」
笑おうとしたのか、吉川さんの口角があがりかけた──けど、途中で力尽きたように、止まった。
かすかに眉をひそめ、
「そんな母だから」
と話をつづける。
「手帳を部屋に置いておかなくてよかったって、つくづく思ってるんです。鴨生田くんになかを見られちゃったのは大誤算だしすごく恥ずかしいけど、母に読まれてしまうのは耐えられないほど嫌だから。
去年の手帳だって、年末にビリビリに破いて処分したし……。
そう! わたしの手帳、どこで拾ったんですか?
落とすはずはないのに、ロッカーからいつのまにか失くなっていたから、わたし必死に捜してたんです。月曜日に」
吉川さんの心中を察し、僕は手帳を見つけたいきさつを話した。
放課後の裏庭。
自転車の鍵を失くし、捜しているとき──野球の硬球が飛んできて……。
「裏庭の植込みって、ツツジのところですよね? それはぜったいおかしいです。だって教室を移動するとき、わたし手帳を持ち歩いたりしてないから。
ロッカーから盗まれた? まさか……。でも、やっぱりそれしか考えられないし……。
どうしよう。ほかの人にも読まれてたら。あぁ、ほんっとに嫌。恥ずかしいっ」
吉川さんは悶絶するような表情になり、手のひらで顔をおおい隠した。
見ていられなくなり、僕はあわてて口を開いた。
「でも! あの手帳があったから僕は吉川さんを知ることができたんだよ。
もし吉川さんを知らずにいたら、5組の女子が事故で亡くなったって聞いても、そうなんだって……ほんとに悪いけど、それぐらいしか感じなかったと思うんだ。
今朝、吉川さんが校門のところにいるのも見えなかったかもしれないし、見えたとしても怖くて逃げたかもしれない。
こうやっていま話していられるのは、まちがいなくあの手帳のおかげなんだから」
しゃべる声にしぜんと熱がこもっていった。
僕の話をじっと聞いていた吉川さんは、顔から手をそろりと離した。
悲愴感いっぱいの目で、
「そうなんでしょうけど……」
と弱々しく認め、
「そうですよね……。やっぱり鴨生田くんはわたしのこと、まったく眼中になかったんですよね……。
ええ。そりゃあそうですよ……。
わたしなんているのかいないのかわからない、気に留まらないチリみたいな存在だから……無理ないです……」
ずんと沈んだ顔色で、じぶんを卑下した。
「いや、そんなことないって! 『気に留まらないチリみたいな存在』だなんて、それは吉川さん、僕の言葉をねじ曲げて解釈してるし、じぶんをものすごく低く評価してるよ!
僕は最初に吉川さんの内面を好きになって……字がきれいなところとか、すごく奥ゆかしいところとか、ひたむきなところとか……ね。
じっさいに吉川さんとこうやって会ってみて、想像してたより何倍もかわいくて、聡明だなって思ってるよ。
吉川さんと出会えて俺はいますっごく幸せなんだけど、それじゃ……だめかな」
できることなら吉川さんが亡くなったと知らされてからの、身も世もない僕の落ちこみっぷりをつぶさに見てもらいたい。
そうしたら吉川さんは、じぶんの存在価値をもっと高めてくれるだろう。
「……ごめんなさい」
僕の気持ちをくみ取ってくれたのか、吉川さんは叱られたようにしょげて、おなかの前に置いた左右の指先をつまんだりさすったりした。
「わたし……じめじめしてますよね。わかってるんです。自己肯定感が低いって。
……人見知りで、うちとけるまでにすごく時間がかかるし……、友だちと話しているときでも言葉を選び過ぎてじぶんが疲れちゃうし、“おもしろいこと”がぜんぜん言えなくて……。
鴨生田くんとは真逆のタイプなんです。だから魅かれたのかもしれませんね」
「え、なんで」
「SNSをさせないため、です。社会を知らない無知な子に悪い影響を及ぼすものって、信じて疑わないんです、母は。
高校生のうちは必要ないって言い切ってますから。
ガラケーっていうんですか、古いタイプの。母はあれを持ってますけど、パソコンやタブレットもうちにはないんです」
「えー、一台はあったほうがぜったい便利だと思うけど。吉川さんのお父さんも、お母さんと同じ考えなの?」
「父は違いますけど……いっしょには暮らしてないんです。わたしが小5のときから福岡に単身赴任してるので。
でも離れて暮らしてて、かえって良かったんだって思います。両親が言い争ったり、険悪なムードになるのを見るのは嫌だから……」
笑おうとしたのか、吉川さんの口角があがりかけた──けど、途中で力尽きたように、止まった。
かすかに眉をひそめ、
「そんな母だから」
と話をつづける。
「手帳を部屋に置いておかなくてよかったって、つくづく思ってるんです。鴨生田くんになかを見られちゃったのは大誤算だしすごく恥ずかしいけど、母に読まれてしまうのは耐えられないほど嫌だから。
去年の手帳だって、年末にビリビリに破いて処分したし……。
そう! わたしの手帳、どこで拾ったんですか?
落とすはずはないのに、ロッカーからいつのまにか失くなっていたから、わたし必死に捜してたんです。月曜日に」
吉川さんの心中を察し、僕は手帳を見つけたいきさつを話した。
放課後の裏庭。
自転車の鍵を失くし、捜しているとき──野球の硬球が飛んできて……。
「裏庭の植込みって、ツツジのところですよね? それはぜったいおかしいです。だって教室を移動するとき、わたし手帳を持ち歩いたりしてないから。
ロッカーから盗まれた? まさか……。でも、やっぱりそれしか考えられないし……。
どうしよう。ほかの人にも読まれてたら。あぁ、ほんっとに嫌。恥ずかしいっ」
吉川さんは悶絶するような表情になり、手のひらで顔をおおい隠した。
見ていられなくなり、僕はあわてて口を開いた。
「でも! あの手帳があったから僕は吉川さんを知ることができたんだよ。
もし吉川さんを知らずにいたら、5組の女子が事故で亡くなったって聞いても、そうなんだって……ほんとに悪いけど、それぐらいしか感じなかったと思うんだ。
今朝、吉川さんが校門のところにいるのも見えなかったかもしれないし、見えたとしても怖くて逃げたかもしれない。
こうやっていま話していられるのは、まちがいなくあの手帳のおかげなんだから」
しゃべる声にしぜんと熱がこもっていった。
僕の話をじっと聞いていた吉川さんは、顔から手をそろりと離した。
悲愴感いっぱいの目で、
「そうなんでしょうけど……」
と弱々しく認め、
「そうですよね……。やっぱり鴨生田くんはわたしのこと、まったく眼中になかったんですよね……。
ええ。そりゃあそうですよ……。
わたしなんているのかいないのかわからない、気に留まらないチリみたいな存在だから……無理ないです……」
ずんと沈んだ顔色で、じぶんを卑下した。
「いや、そんなことないって! 『気に留まらないチリみたいな存在』だなんて、それは吉川さん、僕の言葉をねじ曲げて解釈してるし、じぶんをものすごく低く評価してるよ!
僕は最初に吉川さんの内面を好きになって……字がきれいなところとか、すごく奥ゆかしいところとか、ひたむきなところとか……ね。
じっさいに吉川さんとこうやって会ってみて、想像してたより何倍もかわいくて、聡明だなって思ってるよ。
吉川さんと出会えて俺はいますっごく幸せなんだけど、それじゃ……だめかな」
できることなら吉川さんが亡くなったと知らされてからの、身も世もない僕の落ちこみっぷりをつぶさに見てもらいたい。
そうしたら吉川さんは、じぶんの存在価値をもっと高めてくれるだろう。
「……ごめんなさい」
僕の気持ちをくみ取ってくれたのか、吉川さんは叱られたようにしょげて、おなかの前に置いた左右の指先をつまんだりさすったりした。
「わたし……じめじめしてますよね。わかってるんです。自己肯定感が低いって。
……人見知りで、うちとけるまでにすごく時間がかかるし……、友だちと話しているときでも言葉を選び過ぎてじぶんが疲れちゃうし、“おもしろいこと”がぜんぜん言えなくて……。
鴨生田くんとは真逆のタイプなんです。だから魅かれたのかもしれませんね」