無遠慮に部屋をじろじろ眺めるようなまねはしないで、恐縮した感じで床板に視線を落としている。

 母さんのセンスが色濃(いろこ)く反映されているから、男子高校生の部屋にしてはかなりシャレてて、イイ感じにまとまっているんじゃないかとじぶんでは思っている。

 壁や天井はオフホワイトだけど、奥の壁一面だけ色を替えて水色のクロスが()ってある。

 フローリングや家具は木製のナチュラルブラウンで統一し、ファブリックとかいう布類は白・ライトグレー・青・水色の四色にしぼって色のばらつきが抑えられている。

「あの……かわいらしくて、すてきなお母さんですね」

 部屋のことには触れずに、吉川さんは意外な感想を口にした。

「え。かわいらしい? すてき? どこが。ふつうのおばさんだよ」

「ううん、ふつうには見えないです。若々しいし、すごく優しそうだし」

「あー、まぁ、きつく怒ったりはしないかな」

 母親を持ちあげられるのは、正直ちょっと気恥ずかしい。

「あのー、俺、着替えてもいいかな。なんか制服着たままだと落ち着かなくて」

 言いながら、シャツの前ボタンをひとつ外すと、

「え、え、ちょっと待ってください!」

 吉川さんは、あわてふためいて僕に背を向けた。

「わたし、部屋から出たほうがいいんじゃないですか。ぜったい振り向いたりしませんけど」

 動揺がはっきりわかる声で言った。

「べつに、僕は見られてもかまわないんだけど」

 ちょっとしたジョークのつもりだった。僕と吉川さんは、すでに相思相愛の仲だ。だけど、

「もぅ。変なこと言わないでください!」

 余裕がない感じでとがめられてしまった。この手の冗談(じょうだん)は通じないらしい。

「ごめん。もう、すぐ着替え終わるから。あと10秒、きゅーう、はーち……」

 じぶんでゆっくりカウントしながらシャツとズボンを脱ぎ、クローゼットから引っぱりだした白Tシャツと黒のジョガーパンツに着替えた。

 制服ズボンはハンガーに掛け、着ていたシャツはベッドに放り投げる。

「にーい、いーち、ぜーろ。終わったよ」

「ほんとに? ちゃんと着替え終わってますよね? うそついてたら怒りますよ」

 吉川さんの声は真剣だ。

「うそじゃないって。ほんとに着替え終わってるよ」

 そう答えると、吉川さんはそろそろとふり返った。

 私服の僕を確認して、安堵感いっぱいに頬をゆるめる。

 耳がうっすら赤くなっていた。うぶ過ぎる彼女の反応に、僕の男心がくすぐられてしまう。
 
「立ったまんまじゃなんだから、座ろうか。あ、この椅子どうぞ」

 デスクの椅子を吉川さんに勧め、僕はベッドの端に腰かけた。

「吉川さんは、男のきょうだいがいないの?」

 まったく男慣れしていなさそうなので、きいてみた。

「わたし、ひとりっ子なんです」

「あ、俺も。ひとりっ子って空気読めないとか、競争力ないとか言われたりしない?」

「ええ? わたしは言われたことないですけど。妹がいそう、って言われたことはあります」

 たしかに。しっかりしていて長女っぽい。

「わたしのうち……母がきびしい人で」

 吉川さんは急にふっと視線をうつろわせ、くちびるをゆがめた。

「きびしいって……まさか体罰とか?」

「それはないんですけど……。とにかく母が思うとおりの娘にしたいって感じなんです、わたしを。
 鴨生田くんがうらやましいです。あんなに優しそうなお母さんで、なんでも包みこんでくれそうだし」

「えー、どうかな。『隣の花は赤い』ってことわざがあるじゃない。それじゃないかな。吉川さん、喉乾かない? なんか飲……あ、そっか飲めないんだっけ」

 うかつな発言を()やみ、ごめん、と頭を下げる僕に、

「ううん。わたしは平気です。気をつかわないで、鴨生田くんは水分補給してくださいね」

 吉川さんはにっこりして、どうぞ、とうながすように手のひらをドアへ向けた。

「じゃ、ちょっと待ってて。ソッコーでもどるから」

 部屋を出て行こうとする僕に、

「鴨生田くん、これは」

 吉川さんは、ベッドの上でくしゃっとなったシャツを指差した。

洗濯(せんたく)するんですよね。だったら洗面所へ持って行ったほうが……」

「あー、そうそう。忘れてた」

 うちの母さんより、こまかいことを言うな。

 僕はちょっと面食(めんく)らいながら、まるめたシャツを持って階段を下りた。
 洗面所の脱衣カゴにシャツを放り、まわれ右してリビングのドアを開ける。

 おいしそうなコンソメの匂いが、部屋いっぱいに立ちこめていた。
 嗅覚(きゅうかく)を刺激されて、急に空腹感が強まっていく。