親友のような固い(きずな)で結ばれているわけじゃないけど、クールな外面の内に意外な温かさをしのばせている、神部はそういう男だと僕は知っている。

 神部の心配や気づかいは、心からありがたい。忠告も理解できる。

 でも僕たちの前に、吉川さんはいるのだ。

 だけどそれを話したところで信じてはくれないだろうし、頭がおかしくなったと本気で心配されるのがオチだろう。

 これが逆の立場で、もし神部から死んだ人間が見えるとか、話ができると言われたら──怖すぎて引く。

「サンキュ、神部。俺にはもったいない話だってわかってるけど、やっぱりそんな気になれないんだわ。
 それに今日は先約があるし……ほんと、もう行かなきゃ。バイビー」

 笑顔をつくり、ひらひらと手をふった。

「そっか。残念だな。けどまぁ、わかった。じゃあ、な」

 さすがにもう引き止めることはせず、神部は心残りな目をしながらも「バイビー」と僕を放免(ほうめん)してくれた。

『ガモ、変にピュアなとこがあるからさ』

 いまさっき神部に言われた言葉が、ふと心に引っかかった。

 “ピュア”な自覚なんて、僕にはない。

 それに“変に”って()めてるんだか、揶揄(やゆ)してるんだか、はかりかねる微妙なフレーズじゃないか?

 気にはなったものの深く考えるのはやめ、クロスバイクを引いて門のレールを乗り越えて左側へ進んだ。

 横目を使って吉川さんを確認する。彼女は三歩ぐらい下がって、ついてきてくれている。

 家までは自転車で20分ほどかかる。歩きながら、どうしようと考えた。

 徒歩のみでの帰宅経験がないから正確にはわからないが、歩きだとたぶん1時間くらいかかるんじゃないか。
 けっこうな距離に、苦笑(くしょう)がこみあげた。

 吉川さんの身体はこの世のものでない特性上どんなものも通過してしまうから、バイクのリアキャリアに腰かけるなんてことはどだい無理だろう。ならば徒歩で帰るしかない。

 でもまぁ、ものは考えようだ。二人でいろんな話をしながら帰れば、歩きだって楽しい時間になる。

 吉川さんに自宅までの所要時間を伝えようと、クロスバイクの向こう側にいる彼女を見やった。すると、

「……行けばよかったのに……」

 つくったような(かた)微笑(びしょう)で言われ、なんのことかと、きょとんとなった。

「え?」

「神部くんといっしょに。彼女のお友だちを紹介してもらえばよかったじゃないですか」

 言葉のはしばしに、非難するような冷たさが刺さっていた。
 
 急にどうした、と僕の胸がざわめいた。

「なに言ってんの。俺、ちゃんと断ったよね。話、聞いてたでしょ」

「聞いてましたけど……。でも、ほんとは会ってみたいって思ったんじゃないですか。鴨生田くんのことを気に入ってる女の子に。いいんです。わたしのことはどうぞおかまいなく。
 いまからでも、神部くんたちのところに行ったほうがいいと思います。この世の者じゃない、わたしのことなんか相手にしてないで」

 明るさや余裕(よゆう)を失った吉川さんのかたくなな視線は、数メートル先のアスファルトにじっと向けられて、僕に一瞥(いちべつ)さえくれない。

 いじけた口調にはなるまいと精一杯虚勢(きょせい)を張るような声が、僕の耳のなかのあちこちを打ち、奥のほうへ落ちていった。

「なんで? 吉川さんがいるのに、行くわけないよ」

「いえ、鴨生田くんは無理してます」

「してないって」

「してます! だって神部くんから誘われたとき、一瞬うれしそうな顔してたじゃないですか」

 うっ、と言葉に詰まり、返しがワンテンポ遅れた。

 吉川さんの指摘は一部その通りかもしれないが、認めるわけにはいかない。僕はけっして無理なんかしてない。

「違うよ。そう見えただけでしょ? 僕は吉川さんのことしか考えてないんだから。学校の廊下のとこでも言ったけど、ほんと信じて欲しい、俺のこと」

「………………」

 吉川さんは、なにも答えてくれなかった。
 胸にわだかまるものをどうすればいいのか、持てあましているような目をして、くちびるをきゅっと結んでいる。

 無意識に口から漏れそうになったため息を、僕はあわてて押しとどめた。

 吉川さんはたぶん、吉川さん自身でさえよくわかっていない、焼きもちってやつを焼いているんじゃないか。

 それは僕にとってはじめての経験で、ジェラシーを燃やされるのは光栄だしうれしくもあるけど、いまはとにかくこの重い空気をどうにかしたかった。

 なにか話しかけたくても、つれない反応しか返してくれなさそうで、(かわ)いた口のなかで舌がすくんでいる。

 また、ため息が漏れそうになっていると、