「滴雫の淹れた茶は格別と聞いた。淹れてはくれぬか」
無駄に微笑んだ夫が、私の方にズイッと茶盤を寄越しました。微笑みの中に仄暗さを感じるのは、気の所為でしょうか?
「もちろんにございます」
対して私は、花が咲いたような微笑みを浮かべて色良いお返事をしておきます。勿論、心とは裏腹ですよ。
慣れた手つきで自分と陛下、二人分の茶を用意し始めます。
陛下の言動は、打ち合わせにありません。お茶を淹れるのはこの国の作法の一つです。
陛下も含めて皆、迷いなく淹れられるはずですが……。
あら? 私に向けられた微笑みが、ほんの一瞬ピクリと痙攣しましたね?
わかりました! ガッテン相思相愛的八百長ですね!
向こうの腹黒な丞相をそれとなく見やれば、氷が氷解してとっても楽しそうです。丞相の氷の麗人という異名は、どちらを散策中なのでしょうか?
あらまあ。風家側の女子二人が、顔を赤らめましたよ? 氷解したお顔にトキメキを感じた模様。
しかしそれに気づいた丞相は、私に向かって微笑みます。
すると、どうでしょう。途端に女子二人分の視線が、突き刺すように私を射抜きました。
そうですか、丞相はわざとですか。私をしっかりと餌として活用されているようで、ようございました。
後宮の西側にお住まいの貴妃と嬪。それに大尉は……お三方共、無ですね。お顔に微笑みを貼りつけながらも、無です。何とも貴族らしい、感情を読み取らせないお顔には感服致します。
先程感じた大雪へ向けられた青蝶貴妃の視線。気の所為だったのでしょうか?
改めて西方の宮に住まう貴妃と嬪、二つの青い双眸を見比べてみます。全く同じ色合いです。ちなみに髪色は大尉が黒。貴妃が赤茶。嬪は灰。お三方共にバラバラです。
確かチンディエ貴妃の母親でもある、大尉の奥方は青い瞳。しかし奥方の青は、海の浅瀬のような澄んだ青。しかしここから見える二対の青は、深海のような青。
何故、辺境住まいの私が皇都住まいである四公の奥方の色を詳しく知っているのか? 色々あるのですよ。
西方の貴妃と嬪は、縁戚関係だと聞いております。ただ代々軍部を指揮してきた燕家は、少し特殊な家柄です。
血筋の為に縁戚間で婚姻を繰り返してらっしゃいます。それ故、大尉の髪色や女子達の青い双眸が父母のどちらの縁者によるものか、厳密にはわかりません。
などと周囲を伺いつつも、手は動かしておりますよ。こうした茶器を使ってのおもてなしは、三度の人生全ておいて芸の一つ。手元が狂う事もありません。
丞相の目の前に座す二人の他、別の場所から刺さる視線を感じてもです。
皇貴妃の対面に座し、厳しくこちらを見るのは呉静雲。茶髪に黒灰色の瞳。貴妃と嬪の座す長卓側の、一番末席。薄朱色の衣を身につける夏花宮の主です。皇貴妃とは、姉妹のように良好な関係だと耳にしております。
姉のように皇貴妃を慕うならば、姉の夫へ横恋慕しているかのような素振りを見せる私の存在は、さぞ目障りでしょう。
生家は私と同じく伯の爵位。しかし生家の歴史は古く、侯の爵位にも並ぶと言われる名家です。
そうした意味からも、許せないのかもしれません。何せ私の生家は、ぽっと出の伯家。そうでありながら私は嬪を飛び越え、貴妃となったのですもの。
しかし、それだけではない。あの視線からは、そのように感じ取れます。
私は初代では太夫、二代目では娼妓として人生を過ごしました。つまり長い時を女子の世界で生きてきたのです。それ故に働く女子の勘がございます。
香りを嗅ぐための聞香杯を完成させ、そっと手にして口を開きます。
「陛下、さすが皇貴妃が選ぶ茶葉です。とても良い香りが致します」
夜の娼妓が纏う艶を醸し出しながら、柔らかく陛下へ微笑みかけ、そっと無骨な手を取ります。完成した杯を陛下に握らせてから、大きな手を、小さく華奢な私の両手で包みます。
陛下? 今、一瞬後ろに手を引こうとしましたね? 餌として興を乗せて差し上げたのです。絶対、離しませんよ。
「皆様とは違い、拙い所作でお恥ずかしいわ。どうか陛下。若さ故と、お目こぼし下さいませね。なれど陛下が望まれたこの心だけは、この場のどなたよりもこめましたの。いかがですか?」
この中で一番若いのは私よ、オバサン達。陛下と私が、一番互いを想い合っているんだから。
といった隠語を含んで徴発します。
チラリと思わせぶりに長卓に座す面々へと視線を向ければ、笑みを深める者から睨む者まで様々です。
「……香りにも甘みを感じるとは……」
あら? 真横からは本当に格別だったのか、と私にしか聞こえない程度のぼやき声が。
初代の頃から、長らく茶の道を精進してまいりましたからね。世界や年代が違っても、通ずる所はあるのですよ、陛下。
「まあ! 他ならぬ陛下に、お気に召して頂けたなんて!」
わざとはしたないと言われるよう、両手をパチンと叩いて音を出して更なる注目を集めます。何とも集まる視線が痛いですが、気にせず言葉を続けます。
「いつか夫となる方に、お茶を淹れて差し上げるのが夢でしたの! 嬉しい! こちらも是非!」
私があからさまに表に出すのは、年相応の無垢な少女。全く心にも無い事を口にしていると自覚しておりますが、演じきるのみ!
陛下は、それとなくドン引くの止めて欲しいですね。最初に仕掛けたのは、そちらでしょうに。
丞相はブフッと真顔で吹き出すの、如何なものかと思いますよ。両隣の林父娘が、怪訝そうに見やってます。氷の麗人との異名を冠しておきながら、実は笑い上戸とか、止めて欲しいものです。
無駄に微笑んだ夫が、私の方にズイッと茶盤を寄越しました。微笑みの中に仄暗さを感じるのは、気の所為でしょうか?
「もちろんにございます」
対して私は、花が咲いたような微笑みを浮かべて色良いお返事をしておきます。勿論、心とは裏腹ですよ。
慣れた手つきで自分と陛下、二人分の茶を用意し始めます。
陛下の言動は、打ち合わせにありません。お茶を淹れるのはこの国の作法の一つです。
陛下も含めて皆、迷いなく淹れられるはずですが……。
あら? 私に向けられた微笑みが、ほんの一瞬ピクリと痙攣しましたね?
わかりました! ガッテン相思相愛的八百長ですね!
向こうの腹黒な丞相をそれとなく見やれば、氷が氷解してとっても楽しそうです。丞相の氷の麗人という異名は、どちらを散策中なのでしょうか?
あらまあ。風家側の女子二人が、顔を赤らめましたよ? 氷解したお顔にトキメキを感じた模様。
しかしそれに気づいた丞相は、私に向かって微笑みます。
すると、どうでしょう。途端に女子二人分の視線が、突き刺すように私を射抜きました。
そうですか、丞相はわざとですか。私をしっかりと餌として活用されているようで、ようございました。
後宮の西側にお住まいの貴妃と嬪。それに大尉は……お三方共、無ですね。お顔に微笑みを貼りつけながらも、無です。何とも貴族らしい、感情を読み取らせないお顔には感服致します。
先程感じた大雪へ向けられた青蝶貴妃の視線。気の所為だったのでしょうか?
改めて西方の宮に住まう貴妃と嬪、二つの青い双眸を見比べてみます。全く同じ色合いです。ちなみに髪色は大尉が黒。貴妃が赤茶。嬪は灰。お三方共にバラバラです。
確かチンディエ貴妃の母親でもある、大尉の奥方は青い瞳。しかし奥方の青は、海の浅瀬のような澄んだ青。しかしここから見える二対の青は、深海のような青。
何故、辺境住まいの私が皇都住まいである四公の奥方の色を詳しく知っているのか? 色々あるのですよ。
西方の貴妃と嬪は、縁戚関係だと聞いております。ただ代々軍部を指揮してきた燕家は、少し特殊な家柄です。
血筋の為に縁戚間で婚姻を繰り返してらっしゃいます。それ故、大尉の髪色や女子達の青い双眸が父母のどちらの縁者によるものか、厳密にはわかりません。
などと周囲を伺いつつも、手は動かしておりますよ。こうした茶器を使ってのおもてなしは、三度の人生全ておいて芸の一つ。手元が狂う事もありません。
丞相の目の前に座す二人の他、別の場所から刺さる視線を感じてもです。
皇貴妃の対面に座し、厳しくこちらを見るのは呉静雲。茶髪に黒灰色の瞳。貴妃と嬪の座す長卓側の、一番末席。薄朱色の衣を身につける夏花宮の主です。皇貴妃とは、姉妹のように良好な関係だと耳にしております。
姉のように皇貴妃を慕うならば、姉の夫へ横恋慕しているかのような素振りを見せる私の存在は、さぞ目障りでしょう。
生家は私と同じく伯の爵位。しかし生家の歴史は古く、侯の爵位にも並ぶと言われる名家です。
そうした意味からも、許せないのかもしれません。何せ私の生家は、ぽっと出の伯家。そうでありながら私は嬪を飛び越え、貴妃となったのですもの。
しかし、それだけではない。あの視線からは、そのように感じ取れます。
私は初代では太夫、二代目では娼妓として人生を過ごしました。つまり長い時を女子の世界で生きてきたのです。それ故に働く女子の勘がございます。
香りを嗅ぐための聞香杯を完成させ、そっと手にして口を開きます。
「陛下、さすが皇貴妃が選ぶ茶葉です。とても良い香りが致します」
夜の娼妓が纏う艶を醸し出しながら、柔らかく陛下へ微笑みかけ、そっと無骨な手を取ります。完成した杯を陛下に握らせてから、大きな手を、小さく華奢な私の両手で包みます。
陛下? 今、一瞬後ろに手を引こうとしましたね? 餌として興を乗せて差し上げたのです。絶対、離しませんよ。
「皆様とは違い、拙い所作でお恥ずかしいわ。どうか陛下。若さ故と、お目こぼし下さいませね。なれど陛下が望まれたこの心だけは、この場のどなたよりもこめましたの。いかがですか?」
この中で一番若いのは私よ、オバサン達。陛下と私が、一番互いを想い合っているんだから。
といった隠語を含んで徴発します。
チラリと思わせぶりに長卓に座す面々へと視線を向ければ、笑みを深める者から睨む者まで様々です。
「……香りにも甘みを感じるとは……」
あら? 真横からは本当に格別だったのか、と私にしか聞こえない程度のぼやき声が。
初代の頃から、長らく茶の道を精進してまいりましたからね。世界や年代が違っても、通ずる所はあるのですよ、陛下。
「まあ! 他ならぬ陛下に、お気に召して頂けたなんて!」
わざとはしたないと言われるよう、両手をパチンと叩いて音を出して更なる注目を集めます。何とも集まる視線が痛いですが、気にせず言葉を続けます。
「いつか夫となる方に、お茶を淹れて差し上げるのが夢でしたの! 嬉しい! こちらも是非!」
私があからさまに表に出すのは、年相応の無垢な少女。全く心にも無い事を口にしていると自覚しておりますが、演じきるのみ!
陛下は、それとなくドン引くの止めて欲しいですね。最初に仕掛けたのは、そちらでしょうに。
丞相はブフッと真顔で吹き出すの、如何なものかと思いますよ。両隣の林父娘が、怪訝そうに見やってます。氷の麗人との異名を冠しておきながら、実は笑い上戸とか、止めて欲しいものです。