「道理か法。どちらを選ぶのが得策か、おわかりになられましたか? しかし、そうですね。皇貴妃としての立場もおありなのでしょう。それではこう致しませんか? 今いらっしゃる者達の中から、皇貴妃として、明日、誰を遣わすか、お選び下さい」

 最後はしっかり強調する為に、短く区切って話します。更に口を開きかけた陛下の言葉を遮る為、言葉を続けます。

「もちろん後宮の主が一人である皇貴妃が、この中で最も信を置く者を遣いに選ぶ。入宮早々に損害を被った貴妃として、そのように信じております」

 陛下の睨みがキツくなりましたが、無視します。

 隣にご自分を愛する殿方の存在が力となったのかましれませんね。

 悔しげだった皇貴妃が一度陛下へと視線を向けた後、表情を一転。翡翠に宿る光も表情と同じく、凍えた気がします。

 それはそうでしょうね。言葉の端々に棘を含ませたばかりか、(わたくし)の要求は皇貴妃に仕える者達の中に強烈な優劣を生むのですから。

 とはいえこの場には皇貴妃の専属女官の更に上。後宮全体を束ねる女官長がいるはず。恐らく皇貴妃の専属女官も兼ねているのでしょうが。

 なので女官長を指名するのが妥当。

 とはいえ明日、もしも女官長なる人物が私の失せ物を持ってくれば、女官長として他の女官達を統制できていない事が明らかになります。

 明日に限り、私は失せ物が見つかれば責任は不問としていますが、果たして明日で解決するのでしょうく?

 明後日以降に何かしらの問題が出た際には、皇貴妃は己の保身の為に女官長を切り捨てる事態も考えられるでしょう。

 監督不行き届きで貴妃の持参物が盗難の憂き目に遭うというのは、本来そういう事に繋がるのですから。

 女官達はそこのところを察した者もいるようですよ。ハッとした顔をした者が数名おりました。

 しかしあの女官達が自分付きの専属女官であったなら、信用ならない事を意味します。

 もちろん皇貴妃は、まだ私の顔のみを凝視しておられます。という事は、ご自分の周りを見回して反応を窺わないくらい、全ての女官に信を置いているのでしょうか?

 それとも長らく陛下の寵愛によって立場を与えられ、傷つく事があっても真綿で中途半端に(くる)まれて過ごしてらっしゃったせいでしようか?

 どちらにしても後宮とは女子の戦場。詰めが甘い。

 皇貴妃がゆっくりと後ろに控える妙齢の女官へ目配せしました。もちろん全ての女官は既に表情を取り繕っています。

 すっと一歩前に出た女官は、年齢的にも身に着けている装飾品からも、長らく仕えてきた女官長のようです。

「あの者が参ります」
「正午の鐘が鳴るまでに持っていらして。来られなければ、それでも良いのよ? 物見遊山がてら、そちらの宮に直接伺いに参りますから」
「その必要は……」

 女官はグッと一度口を固く結んでから、小さな声で呟きますが、やはり主が一番の権力者たる国王陛下から寵を得ているからこその慢心が見て取れますね。

 不承不承なのはともかく、そろそろ立場を明確にすべきでしょう。不遜なのも度が過ぎます。何より、この者は()()な見せしめとなる。

「ねえ、貴女は私の立場が何だとお思い? ああ、()()()()()()()()()()

 皇貴妃のお付き達はざわつき、しかし陛下のお付きは動じません。むしろ冷めた目を皇貴妃付きの女官達へと向けております。

 ふむ、やはりこの者こそ最適間違いなし。

「貴妃……でございます」
「そうね? ねえ、貴妃とはこの後宮において貴女達女官より立場が低いの?」

 敬語は止めて、柔らかな声で語りかけます。

「いえ、皇貴妃に続く……お立場……」
「あら、そんなに青いお顔になってどうしたの? 体調が悪いなら、折角の皇貴妃から直々の指名だけれど、辞退しておく?」
「……いえ」
「そう。私はこれから人を雇い入れる者達の責任を負うと、はっきり夫となる皇帝陛下に宣言した。()()の何かしらの責任は、誰が負うの?」

 後ろで何かを言おうとしたり、睨んだりと忙しいご夫婦は無視です。それとなく丞相が止めていますね。良き働きです。

 皇貴妃の後ろに控えた、私を睨む女官達を見やり、少し圧をかけながら微笑みます。

 魔力は使いませんよ。元太夫で元傾国の娼妓の存在感というやつです。微笑み一つであらゆる者を圧倒し、魅了するのがナンバーワンの()()どころなのです。

「またあの顔……どこで……」

 何でしょう? 陛下がボソッと何かを呟いております。

「そろそろこの場にいる私を睨む女官達も理解しておくべきではない? 少なくとも先ほどの破落戸のようになれば、お前達自身が危なくなると何故想像できないのかしら? 特にお前は皇貴妃に長らく仕える、皇貴妃が信を置く女官では? 破落戸の時と違い、ここはもう私の宮なのよ?」

 とはいえ今は陛下に反応せず言葉をつづければ、最後の言葉に女官長は青くなりました。遅すぎです。

 困ったような微笑みを向ければ、女官長はやっと両膝をついて謝罪を示す所作を取った。

「申し訳ございません、滴雫(ディーシャ)貴妃」
「「「申し訳ございません」」」

 睨んだ女官達もいつの間にか青ざめ、一斉に膝をつく。

「主になって初めての失礼記念に許して差し上げるわ。よろしいかしら、皇貴妃?」

 皇貴妃はハッとし、悔しげな顔をするも一瞬のこと。さすがです。微笑み返してきましたね。

「ええ、礼を申します、貴妃」

 やっと気づいたようですね。首の血を使う下りであまり頭に入って無かったのでしょうか。

 既にこの宮の正式な主は私。この宮で何かしらがあれば、私の采配でご自分の臣下の首が飛ぶのです。流石に貴妃に対して、不敬が過ぎています。