「でも、それじゃあ彼女が浮かばれないです」

 僕の言葉に、呉宮さんは小さくかぶりを振った。

「西園いろはの死が伝えられたとき、大人たちはこう言ったんじゃないかい――憶測で、彼女のことは語らないように、と」

「ええ。その結果、彼女の話はタブーになりました。暗黙の了解、ってやつです」

「君は、そんな状況をどう思っていたんだい?」

「それは――」

 ――悲しかったです。
 彼女が、まるで最初からいなかったかのように時間が過ぎてゆくのが、恐ろしくもあった。

「そんなことになってしまったのは、間違いなく大人たちのせいだ。伝え方に、配慮すべきだった。やり場のない想いに苦しめられた君にも、同情する」

 しかしね、咲間くん――。

「やはり、どれほど彼女の死について語ったところで、結果は変わらないんだ。最後に辿りつくのは、死んでしまったという事実。彼女の死を自分のせいだと嘆くのは、彼女への冒涜だと、わたしは思うね」

「冒涜だなんて、そんなっ」

「冒涜さ。彼女には、他者には理解されない、自分でさえも理解できない、そんな側面があったのかもしれない。その側面を創造し、憶測で語り、弁解できない相手のことを決めつけてしまうのはよくない。その決めつけが、まったくの見当違いだった場合、それは彼女に対しての冒涜だ。たとえ、正しかったとしても、それを証明してくれる彼女本人は、もうこの世にはいない。死んでしまっているのだから」

 繰り返される「死」というワードに、耳を塞ぎたくなった。目を背けたくなる現実を、目の前に突き出され、無理矢理視界に入れられている気分だった。

「何も、彼女のことを忘れろと言っているわけじゃないんだよ。きっと、彼女の死を君たちに伝えた大人たちも、そう言いたかったはずさ」

「じゃあ、僕はどうすれば……」

「それは――」

「君が決めることだ。そう言いたいんでしょう?」

 自分で決めたことを、彼女への冒涜だと否定されてしまった。呉宮さんの仰せの通り、自分自身で意思決定をしたのに。
 これ以上、僕はどうすればいいのだろう。何が正解なのだろう。
 髪をむしり取るように、頭を掻く。

「これ以上、どうしたらいいのか――」

 自然と項が垂れた。目頭が熱くなるのが、わかったからだ。
 目の前で、呉宮さんが立つ気配がする。そして、次の瞬間、僕が座っているソファが沈んだ。

「他人の死というものは、案外時間が解決してくれたりするものさ」

 先ほどより近い距離から、呉宮さんの声が聞こえてくる。

「でも、そうはいかない人がいるのも、また事実だ。人より創造力が長けていたいり、他者に感情移入してしまったり、物事のひとつひとつを深く重く捉え、まっすぐに向き合う人間――そう、君みたいな人はね」

 普段からは想像できないほどの優しい声が、余計に涙腺を刺激した。
 呉宮さんの大きな手が、僕の背中をゆっくりと摩り始めた。
 人の感情に鈍感な呉宮さんのことだから、きっと人を慰めるなんてことはしたことないはずだ。それなのに、呉宮さんの手は、優しくて温かかった。

「わたしは、いいコンビになると思うんだ。君に持っていないものをわたしが持っていて、わたしが持っていないものを君は持っている。最高のバランスだ――ぜひ、うちの事務所で働いてもらいたい」

 唐突の内定通知に、僕は思わず顔を上げた。ひどく、醜い顔だったと思う。涙と鼻水でぐしょぐしょになっているであろう僕の顔を見て、呉宮さんはふっと鼻で笑った。

「その前に、君にひとつ提案があるんだが」

「……提案?」

「一緒に、京都に行くのはどうだろう。そして、西園いろはの両親から、直接話を聞くんだ」

 僕は、呉宮さんが言い終わる前に首を横に振った。

「いやいや、さすがに無理ですよ。突然来られても、ご遺族は困るでしょうし」

「そのことなら、気にする必要はない。アポはすでに取ってある」

「はい?」

「何のために、一か月間も同じ店に通い詰めていたと思っているんだい? もう、連絡先も交換するくらいの仲さ」

 そう言って、呉宮さんは電話アプリに入っている連絡先一覧を、僕に見せてきた。
 西園えり。西園浩一郎(こういちろう)
 おそらく、彼女の両親と思われる名前が、そこにはあった。
 これには、僕は何も言えずに、黙り込んでしまった。

「ちょうど来週だ。依頼者である日南杏子のことも、西園夫妻はしっかり覚えていたよ。彼女のことも、連れてきてもいいと言っている」

 昨夜の出来事が、脳をかすめた。
 自分のほうから連絡を入れるのは気が引ける。
 しかし、僕は杏子のことを連れて行かないわけにはいかなかった。

「僕にとって、最初の依頼者です。最後まで、向き合います」

 決意を込めてそう言えば、呉宮さんはどこか嬉しそうに、大きく頷いた。

「君なら、そう言うと思ったよ」