「ちょっと、なんでそんなキョロキョロしてるの?」
彼女はおかしそうに笑いながら、オレンジジュースをストローで吸った。
僕は、そんな能天気な彼女が逆に不思議だった。
部活動もなければ、特別なイベントがあるわけでもなく、ただただ毎日をダラダラと過ごしていた夏休み。彼女から、いまから会えないか、と連絡が来たのは、そんな夏休みのとある日の昼時。冷房が効いている部屋で、読書をしていたころだった。
彼女の誘いに乗るかは、正直迷った。偶然、同級生に出会すかもしれない。その場合、付き合っているのではないか、と疑いを掛けられる危険性も高かった。
僕は、それでもよかった。しかし、相手は西園いろはだ。同学年の中でもかなりの人気者で、みんなからの信頼も厚い。そんな人気者が、僕のような端くれと付き合ってるなんて噂が流れたら、後々困ることになる。
そんなところまで、彼女自身は考えていなかったのだろう。既読をつけたまま、何も返さない僕に、彼女は集合場所と時間だけを送りつけてきた。断ろうにも断れない状況に陥ってしまったのだ。そして、いまに至る。
燈色町駅の改札前で待ち合わせた僕たちは、駅前のファミレスに入った。
初めて見る彼女の私服、学校外での二人だけの空間に、僕は気が気でなくなっていた。
緊張でカラカラになった喉を潤すように、ドリンクバーのウーロン茶を流し込む。
「お待たせいたしました。ミラノ風ドリアと、たらこスパゲッティでございます」
店員が運んできた食事も、僕はほとんど味わわず、掻き込んだ。彼女は、そんな僕を、スパゲッティを食べながら、オレンジジュースを飲みながら、微笑ましく見ていた。
「今日は、咲間くんにお願いがあって――急に呼び出しちゃってごめんね」
食後のデザートに頼んだ特製パフェが届けられると、彼女はようやく本題に入った。
「まずはこれ、見てほしいんだけど」
そう言って、僕の前に差し出してきたのは、彼女自身のスマートフォンだった。
画面にはTwitterのDMが表示されていた。しかし、一目見た瞬間、違和感に気づく。
彼女から何かを送っている様子はなく、相手から一方的に送られてきているメッセージの数々。そしてそのメッセージには、かなり過激な内容のものも含まれていた。
〔キモい〕
〔八方美人、乙www〕
〔死ね〕
彼女が、SNSで嫌がらせを受けている。それは一目瞭然だった。
「えっ、何これ」
「ご覧のとおり、わたしへの誹謗中傷だよ」
「……ひどすぎる。誰がこんなこと――」
あっけらかんとした様子の彼女に、最初は、強がっているだけだろう、と思っていた。しかし、彼女は本当に何も、誹謗中傷を受けていることについては、ノーダメージのようだった。
「それならね、大丈夫なの。本題はここから」
スマートフォンを一度手にし、目の前で何やら操作をし始めたかと思えば、先ほどと同じように画面をこちらに向けられる。
一瞬、何が起こっているかわからなかった。
DMの内容は、ついさっき見せてもらったものと変わらない。しかし、先ほどとは確実に違うことがひとつ。
悪質なメッセージは、画面右部に表示されていた。青色の吹き出しのほうだ。
これは――。
「嫌がらせしてきてるアカウント、乗っとれちゃったの?」
相手のアカウントにログイン出来なければ、見れない構図だ。
何かしらの手を使って、パスワードを入手した彼女は、いとも容易くアカウントを乗っ取ることに成功した。
そんなことを予想していた僕だったけれど、それは大きく外れることとなる。
「違うよ。こんなアカウント、乗っ取ったところでなんの解決にもならないでしょ? 相手には不正ログインの通知もいくわけだし」
「そっか。でも、だったらなんで……」
深く考察するよりも前に、僕の中で一つの仮説が立ってしまった。
乗っ取る必要のないアカウントを、彼女は乗っ取っている。いや、乗っ取ってなどいなかったのだ。
だって、そのアカウントは、もともと彼女のアカウントなのだから。
おそるおそる、スマートフォンから顔を上げると、彼女は舌を出しておどけた表情を僕に向けた。
「このアカウントさ、咲間くん、もらってくれない?」
「……なんで」
おどけた調子で乗り切れると思ったのか、もしくは望み薄とわかっていながら賭けたのか。
肩をすくませ、小さく息を吐いた彼女を見て、後者であることがわかる。
「毎日、わたしのアカウント宛てに、適当な悪口を送ってほしいの」
自作自演。
その四文字が、頭に浮かんだ。
彼女はいままで、自分で自分のアカウントに誹謗中傷を送り続けていた。
「そんなことして、どうしたいの?」
純粋な疑問だった。彼女を傷つけるつもりは、さらさらなかった。
しかし彼女は、ひどく悲しそうに、力なく微笑んだ。
「みんなの頭の中、わたしでいっぱいにしたいの」