この人は、すべてを知っているのか。
どこか、ほっとしている自分がいた。変に身構える必要はない。この名探偵からは、もう逃れられないのだから。
「なぜ、彼女の両親が京都にいるとわかったんです?」
「そんなのは簡単なことさ。西園いろはのXのアカウントのフォロワーに、母親がいたんだ。四年前に京料理屋を始めたことをポストしていて、そこから店の住所が特定出来た」
呉宮さんは、ふたたびソファに腰を下ろすと、膝の間で指を組み、前のめりになった。
「徹底的に調べようと思えば、誰でも容易に辿りつける情報だ。君がご遺族を訪ねるのも時間の問題だと思ってね……それで、一足先に京都へと向かったのさ。しかし、いつになっても君が来る気配はなかった」
さすがに退屈したよ、と呉宮さんは呆れたように笑った。
バスケ部のメンバーたちに連絡を取っていたころ、一度だけ呉宮さんから連絡が入ったのも、僕の調査の進展を確認するためだったらしい。こちらの調査が難航していたせいで、呉宮さんはなかなか東京に帰ってこれなかったのだ。
「依頼人の日南杏子は、どうもSNSが苦手のようだね」
「えっ」
「西園いろはのことについて熱心に調べているのであれば、一週間もなくとも辿りつける。でも、それが出来なかった。だから、彼女は誰かに頼るしかなかった」
呉宮さんの言う通り、スマートフォンさえ持っていれば、一人でも辿りつけそうな情報だ。
「君だったら、ご遺族の居場所を突き止めることは出来たはずだ」
「……そうですね」
「なぜ、それをしなかったのか――考えても考えても、わからなかった。君とはもう何年も一緒にいるはずなのに、わたしに解けない謎などないはずなのに」
三年前の春、呉宮さんと出会わなければ――。
僕はいまごろ、仲間と共に就活の愚痴を言い合ったり、サークルに顔を出して最後の思い出作りをしたり、もしかしたらいまだにリクルートスーツに身を纏っていたかもしれない。きっと、いまよりもっと退屈な日々を過ごしていたはずだ。
あらゆる町の事件を、二人で(僕は後ろについていただけだが)解決してきた。事件を一つ、二つ、乗り越えてゆくたびに、口では語れないような信頼が、そこには構築されていた。
その信頼が、いま崩れてしまいそうなほど不安定になっていると、僕は感じていた。
「――でも、君がヒントをくれた。だから僕は、いまこうして東京に戻ってこれたのさ」
「ヒント? 僕が、呉宮さんに?」
そんなの、出した覚えはない。
しかし、呉宮さんに突き出されたスマートフォンの画面を見て、はっとした。
「インターネット霊園、というらしいね」
数日前、僕がアクセスしたサイトだ。
【故 西園いろは之霊位】
その文字の下には、彼女の温かな笑み。しかし、いまは彼女に合わせる顔などない。そっと、目を逸らした。
僕らの罪を、僕だけの意思で自白してしまった。
「追悼メッセージも送れるようになっている。五年経ったいまでも、ご遺族に限らず、多くの友人たちが西園いろはへのメッセージを残しているようだね」
呉宮さんが画面をサイト下部へとスクロールする。
画面に映るのは、彼女へと向けられた、愛情の数々だった。
会いたい。
話したい。
大好き。
ずっと友達だよ。
送信者の中には、一瀬や野辺もいた。五年前から、頻繁にメッセージを送り続けているようだった。
この言葉たちは、彼女のもとへ届いているのだろうか。
「そして、これが四日前に書き込まれた匿名のメッセージ」と、呉宮さんがスマートフォンの画面をこちらに向けた。
【匿名:2024年7月6日 00:16
僕さえ知らない君がいることに気づけなかった
本当にごめんなさい】
間違いなく、僕が数日前に書き込んだメッセージだった。
「これが君の書き込みだということは、わたしの憶測に過ぎないが――その表情を見る限り、この推理に間違いはなさそうだね」
「はい。僕が書きました」
躊躇なく認める僕に、呉宮さんは強い眼差しを向けてくる。
「『僕さえ知らない君がいることに気づけなかった』というこの言い回しに、わたしは違和感を覚えた。君は、日南杏子に、自身と西園いろはの関係性について、こう語っていたね」
僕は仲が良かったわけでもないし、同じクラスになったことだってない――。
「でも、君と西園いろはの間には、誰も介入できない秘密の関係が築かれていた。『僕さえ』――この言い回しには、特別感がある。わたしはこの文面を見て、『僕だけが知っていて、他の人たちは知らない西園いろはの一面を知っていたけれど』と、解釈した。それも、間違いではないね?」
はい、と僕は頷いた。
「以上のことから、わたしはこう推測した。君は、はなから真相を探る気はなかった。なぜなら――」
――君だけが、西園いろはの死の真相を知っていたからだ。