あれから、彼は、戻ってこない。

 相変わらず、彼の携帯の電源はオフモードになっている。まだしばらくの間、研究所に泊まり込むつもりだろうと、私はそう思っていた。

 彼が家を出てから、3週間程がたったある日、吉松が家にやってきた。私も数回会ったことのある彼の同僚だ。突然やってきた吉松をリビングへ通し、お茶を煎れる。

「吉松さん、彼、どうしていますか? メールも電話も繋がらなくて」

 お茶を出しながら聞くと、吉松は少しばかり表情を曇らせ、しばらくの間、口を噤んでいたが、やがて意を決したように話し始めた。しかし、それは私の質問に対する答えではなかった。

「実は1ヶ月ほど前、研究所のヒューマノイドが1体、行方不明になったのですが、そのことはご存知ですか?」

 彼が家を出る前夜にやっていたニュースのことだろう。

「あぁ、はい。そのニュースを知って、彼は、翌日、研究所へ行ったので」

 私が答えると、吉松は何かを考えるように黙り込み、しばらくするとまた口を開いた。

「そのヒューマノイドを我々は、1号と呼んでいましたが、その1号が、ニュースのあった翌日、研究所内の敷地で発見されました」
「えっと……? それは、良かったですね」

 吉松は、一体何が言いたいのか? 話の趣旨が分からず、首を傾げる私をよそに、吉松はなおも話し続ける。

「1号は、通常、徹氏の研究施設である1号館にて保管管理されていました。しかし、1号館は、ご存知のとおり爆発事故で崩れてしまいましたので、事故に巻き込まれなかった僕の研究施設で、急遽1号のログ解析にあたりました。」
「あの? 一体何のお話をされているのでしょうか?」

 私の質問に構わず、吉松は話し続ける。

「1号専用の機材は、爆発で使えなくなってしまったので、他の機材を使って作業を進めました。そのため解析に時間がかかってしまったのですが……」
「……」

 私が返答に困っていると、吉松はとんでもないことを言い出した。

「解析の結果、1号の移動ログは、徹氏の自宅、つまりこの家にいたことを示していました」
「は? ロボットがこの家に?」
「はい。」
「何かの間違いでは? うちにロボットなんて居ませんでしたよ」
「……そうですか。あの、では、こちらに見覚えは?」

 吉松が鞄から取り出し、机に置いたそれは、私の白いボア手袋だった。

「それ、私の……」
「これは、1号が発見された時に、手に填はめていた物です」
「……どうして? それは、徹に持たせたものです。徹に確認してもらえれば判ります」

 吉松は辛そうに顔を伏せると、くぐもった声で言った。

「今日にでも、警察から、彼のご実家に連絡がいくかと思いますが……、徹氏は、あの爆発事故に巻き込まれて、命を……」

 吉松は、何を言っているのだ? 爆発の後、彼はこの家で私と過ごしていたというのに。

「瓦礫の中から、発見された遺体の一部が、徹氏のものと判明したそうです」
「何を言っているのですか? あの爆発の後、徹は家に帰って来ました!!」

 私は、絶叫に近い怒鳴り声を吉松にぶつけた。

「もう、お引き取りください!!」

 怒りに満ちた目で吉松を睨んでいると、吉松は、ポケットの中から小さな物を取り出して、机にコトリと置いた。

「このUSBには1号を解析して見つけたデータファイルが入っています。本来ならば解析記録等は社外秘となるので持ち出すことはできません。しかし、コレはあなた宛のデータのようでしたので、特別にお持ちしました。その……、失礼かとは思いましたが、先に内容は確認させて頂いております。内容については、とても信じ難いものでしたが……」
「……な……んで、そんなもの……?」
「なぜかはわかりません。ただ、データの作成日時からすると、このデータは、徹氏があなたに最期に遺した物だと思います」
「……」