翌朝、目を覚ますと、私はベッドで寝ていた。確か、昨日はソファで寝落ちしてしまったはずだ。彼がベッドまで運んでくれたのだろう。しかし、セミダブルのベッドに並んで寝ているはずの彼の姿はない。まさか、昨日のことは全て夢だったのかと、慌てて寝室から出ると、コーヒーを淹れる芳しい香りがした。

 キッチンへ行くと、彼は朝食の準備をしていた。声をかけると、笑顔で答えてくれる。

「おはよう」
「おはよう、柚季。もうすぐ、朝食が出来るから、先に顔を洗っておいで」
「うん」

 洗面所の鏡に映った私の顔は、寝不足と不安から解放され、すっきりとしていた。事故が起こって、心配で生きた心地がしなかったが、彼が無事に戻って来てくれて本当に良かった。そんな安堵の気持ちを噛み締めていると、「朝食ができた」と呼ばれ、彼の元へ戻る。

 メニューは、厚切りトーストに半熟の目玉焼き。フレンチドレッシングのかかったグリーンサラダと少し甘めのコーヒー。これは、私の好きな朝食メニュー。

 彼に、このセットが好きだと言ったことはなかったが、どうやら、知っていてくれたようだ。何でもない朝なのに、幸せすぎる出来事に、私の頬は自然と緩んだ。

 しかし、席に着き、朝食が一人分しかないことに気が付くと、私は、少し眉を顰めた。

「徹は、食べないの?」
「うん。今は、いい」
「……そうなの? じゃあ、いただきます」
「召し上がれ」

 朝食を食べる私を、彼は向かいの席に座り、にこにこと見ている。

「今日はどうするの? 研究所へは行くの?」
「まだ戻らないよ。もうしばらくは、ここにいる」
「病院へは? 検査とかは受けなくてもいいの?」
「大丈夫。何ともないから」

 そう言いながら彼は腕を伸ばし、ひんやりとした手で、私の頬をそっと撫でた。私は、気恥ずかしくなって、グリーンサラダのボウルへ手を伸ばすと、口いっぱいにレタスを頬張った。

 こんな甘ったるい時間を彼と今までに過ごしたことがなかったような気がする。少し気恥ずかしいけれど、これからは、もっとこんな時間が増えるといいな。そんなささやかな願いを私は胸に抱いた。

 私は、彼に見送られて仕事へ行き、仕事から帰ってくると、彼の作ってくれた夕飯を食べ、彼のゴツゴツと節くれだった大きな手を握りながら眠りにつくことを夢見た。