奏澄とメイズが特に目的も無く島を見て回っていると、アントーニオが荷物を抱えて歩いていた。
「アントーニオさん!」
奏澄が声をかけると、気づいて手を振ろうとして、荷物で両手が塞がっていることに慌てていた。
アントーニオらしいその仕草に苦笑して、奏澄たちが歩み寄る。
「荷物多いですね。手伝いましょうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。目的地はこのあたりのはずだから」
目的地、と奏澄が首を捻ると、アントーニオはすぐに説明してくれた。
「調理器具がいくつかだめになっちゃったから、直してもらおうと思って。修理できそうな店を聞いたら、『ルーナブルー』って工房を紹介されたんだ」
「ルーナブルー、ですか?」
驚いて、奏澄は言葉を繰り返した。それは先ほど奏澄たちが聞いたばかりの名前だ。
「あれ、知ってるの?」
「先ほど露店で買い物をしたんですけど、そこの店主さんがルーナブルーの人だって言ってたんです」
「ああ、そうなんだ。じゃぁ今行っても留守かなぁ」
「でも露店ではアクセサリーを売っていたので、修理をやってるなら他の人がいるのかも」
「いや、多分その人だけだと思う。何でも屋みたいなことしてるらしいから」
「何でも屋」
「特に決まった物だけを作ってるんじゃなくて、趣味で何でも作るし、修理も金物から絡繰りまで何でも受けるらしいよ」
「それはまた、随分と凄い人ですね」
「ただ気分屋らしくって、だめな時は何を頼んでもだめらしいけど」
職人らしい、と奏澄は苦笑した。銀細工を見た時も器用な人なのだと思ったが、器用どころではなかったようだ。それに比例して、性格もなかなか難しいときた。アントーニオは人当たりが良いから嫌われるようなことはないだろうが、気分屋というからには相手の人柄は関係無いかもしれない。
「メイズ、私たちも一緒に行かない? 商品を買ったお客さんがいた方が、受けてくれるかも」
「構わないが、戻ってるのか」
「いなかったら待てばいいんじゃない? アントーニオさんも、それ抱えたままあちこち動くのは大変でしょう」
「ぼくは大丈夫だよ。いなかったら、また出直せばいいし」
とりあえず行ってみてから考えようということで、三人でルーナブルーへ向かった。
工房は一軒の家になっていて、工房、店舗、住居が一体となっているようだった。一階のほとんどの部分は作業スペースで、申し訳程度に店舗が繋がっている。既製品の販売よりも、アントーニオが聞いたような修理の請け負いが多いのかもしれない。
「あ、やっぱり閉まってる」
店舗側の入口に、不在の張り紙がしてあった。店番もいないということは、一人でやりくりしているのだろう。
出直すべきか、と顔を見合わせていると、後ろから声がかかった。
「あれ、さっきのお客さん」
振り向くと、先ほど露店で会った店主の青年がいた。
「サイズ合わなかった?」
「いえ、別途用件があって。道具の修理をお願いしたいんですけど」
「そ。今開けるから」
店舗側の鍵を開け、店主に促されるまま、三人は店に入った。
「ありがとうございます。タイミング良かったですね」
「腹減ったから戻ってきたんだよ。ってわけで、俺は今から飯にするから」
店主はどっかりと椅子に腰かけると、手に持っていた布包みを開き、中からパンを取り出した。
「修理する品はそこのテーブルに並べておいて。食べ終わったら見積もり出すから。暇ならその辺見てて」
「あ……は、はい」
――すごい、マイペースだ。
客が来ていても自分の食事が優先とは。この店主だけがこうなのか、この島の人間がこうなのか。奏澄は驚きはしたものの、そういうものなんだろう、とアントーニオの道具を広げるのを手伝った。
言われた通り、奏澄は店内を見て回ることにした。島の名産品だけあって、店舗に展示されているのは硝子製品の割合が多い。アントーニオは、大きな体をぶつけてしまうのが心配なのか、じっと椅子に座っていた。メイズは入口の近くで待機している。
きらきらと輝く細工物に目を奪われていると、隅の方に懐かしいものを見つけた。
「わ、可愛い。とんぼ玉の簪だ」
思わず口に出すと、カタン、と小さな音がした。
「とんぼ玉?」
聞きなれない言葉に首を傾げたのはアントーニオだ。
「こっちでは呼び名が違うかもしれませんね。私の故郷では、こういう模様の入った小さいガラス玉のことを、とんぼ玉って呼んだんですよ」
「へぇ、なんか可愛いね」
「トンボの目に似てるかららしいですよ。可愛い言い方ですよね」
ふふ、と笑って、奏澄は懐かしげにそれを見た。
髪に挿したら、汚してしまうだろうか。簪屋では試着可能な所も多かったけれど、日本人は髪を清潔にしているという前提があってのことかもしれない。
それでも望郷の思いが顔をもたげ、奏澄は店主に問いかけた。
「すみません、これ、ちょっと髪に挿してみても大丈夫ですか?」
「あ……ああ」
店主が、掠れた声で答えた。もしかして良くないだろうか、と奏澄は不安になったが、この店主なら駄目な場合は駄目だとはっきり言うと思われる。
何か他に要因があるのだろう、と不思議がりながらも、奏澄はそれを手に取った。
片手で髪を束ねてねじり、根元に簪を挿す。そのまま串の部分に髪を巻きつかせ、ぐるりと捻じって再び根元に差し込む。奏澄が知る限り、最も簡単な方法だ。
「メイズ、どう……」
ガタン、と大きな音に言葉を遮られる。驚いて音の出所を見ると、店主が椅子から立ち上がり、大きく目を見開いて奏澄を凝視していた。
「……母さん……」
「え……?」
今にも泣きそうな声でそう零した店主に呆気に取られていると、店主は勢いよく奏澄の方へ歩いてきた。
「なぁ、あんたそれどこで――」
「そこまでだ」
奏澄の肩を掴もうと伸ばされた手を、届く前にメイズが掴んだ。
「こいつに危害を加えるようなら、容赦しない」
ぎり、と力を込められた手に、店主が顔を歪めた。
「メイズ、放して!」
奏澄の鋭い一声に答えず、メイズは不服そうに奏澄を見た。
「喧嘩するような人じゃない。職人の手を怪我させたらどうするの。放して」
強く睨みつける奏澄に、メイズは渋々手を放した。
「ごめんなさい。大丈夫ですか? 痣になったりしてませんか?」
「いや……。俺も、悪かった。驚いて……思わず」
ひどくうろたえたその様子に、奏澄は視線を合わせ、できるだけ優しく問いかけた。
「良ければ、お話聞かせてもらえますか?」
店主はそれに戸惑いながらも、間を置いて頷いた。
「アントーニオさん!」
奏澄が声をかけると、気づいて手を振ろうとして、荷物で両手が塞がっていることに慌てていた。
アントーニオらしいその仕草に苦笑して、奏澄たちが歩み寄る。
「荷物多いですね。手伝いましょうか?」
「ありがとう。でも、大丈夫だよ。目的地はこのあたりのはずだから」
目的地、と奏澄が首を捻ると、アントーニオはすぐに説明してくれた。
「調理器具がいくつかだめになっちゃったから、直してもらおうと思って。修理できそうな店を聞いたら、『ルーナブルー』って工房を紹介されたんだ」
「ルーナブルー、ですか?」
驚いて、奏澄は言葉を繰り返した。それは先ほど奏澄たちが聞いたばかりの名前だ。
「あれ、知ってるの?」
「先ほど露店で買い物をしたんですけど、そこの店主さんがルーナブルーの人だって言ってたんです」
「ああ、そうなんだ。じゃぁ今行っても留守かなぁ」
「でも露店ではアクセサリーを売っていたので、修理をやってるなら他の人がいるのかも」
「いや、多分その人だけだと思う。何でも屋みたいなことしてるらしいから」
「何でも屋」
「特に決まった物だけを作ってるんじゃなくて、趣味で何でも作るし、修理も金物から絡繰りまで何でも受けるらしいよ」
「それはまた、随分と凄い人ですね」
「ただ気分屋らしくって、だめな時は何を頼んでもだめらしいけど」
職人らしい、と奏澄は苦笑した。銀細工を見た時も器用な人なのだと思ったが、器用どころではなかったようだ。それに比例して、性格もなかなか難しいときた。アントーニオは人当たりが良いから嫌われるようなことはないだろうが、気分屋というからには相手の人柄は関係無いかもしれない。
「メイズ、私たちも一緒に行かない? 商品を買ったお客さんがいた方が、受けてくれるかも」
「構わないが、戻ってるのか」
「いなかったら待てばいいんじゃない? アントーニオさんも、それ抱えたままあちこち動くのは大変でしょう」
「ぼくは大丈夫だよ。いなかったら、また出直せばいいし」
とりあえず行ってみてから考えようということで、三人でルーナブルーへ向かった。
工房は一軒の家になっていて、工房、店舗、住居が一体となっているようだった。一階のほとんどの部分は作業スペースで、申し訳程度に店舗が繋がっている。既製品の販売よりも、アントーニオが聞いたような修理の請け負いが多いのかもしれない。
「あ、やっぱり閉まってる」
店舗側の入口に、不在の張り紙がしてあった。店番もいないということは、一人でやりくりしているのだろう。
出直すべきか、と顔を見合わせていると、後ろから声がかかった。
「あれ、さっきのお客さん」
振り向くと、先ほど露店で会った店主の青年がいた。
「サイズ合わなかった?」
「いえ、別途用件があって。道具の修理をお願いしたいんですけど」
「そ。今開けるから」
店舗側の鍵を開け、店主に促されるまま、三人は店に入った。
「ありがとうございます。タイミング良かったですね」
「腹減ったから戻ってきたんだよ。ってわけで、俺は今から飯にするから」
店主はどっかりと椅子に腰かけると、手に持っていた布包みを開き、中からパンを取り出した。
「修理する品はそこのテーブルに並べておいて。食べ終わったら見積もり出すから。暇ならその辺見てて」
「あ……は、はい」
――すごい、マイペースだ。
客が来ていても自分の食事が優先とは。この店主だけがこうなのか、この島の人間がこうなのか。奏澄は驚きはしたものの、そういうものなんだろう、とアントーニオの道具を広げるのを手伝った。
言われた通り、奏澄は店内を見て回ることにした。島の名産品だけあって、店舗に展示されているのは硝子製品の割合が多い。アントーニオは、大きな体をぶつけてしまうのが心配なのか、じっと椅子に座っていた。メイズは入口の近くで待機している。
きらきらと輝く細工物に目を奪われていると、隅の方に懐かしいものを見つけた。
「わ、可愛い。とんぼ玉の簪だ」
思わず口に出すと、カタン、と小さな音がした。
「とんぼ玉?」
聞きなれない言葉に首を傾げたのはアントーニオだ。
「こっちでは呼び名が違うかもしれませんね。私の故郷では、こういう模様の入った小さいガラス玉のことを、とんぼ玉って呼んだんですよ」
「へぇ、なんか可愛いね」
「トンボの目に似てるかららしいですよ。可愛い言い方ですよね」
ふふ、と笑って、奏澄は懐かしげにそれを見た。
髪に挿したら、汚してしまうだろうか。簪屋では試着可能な所も多かったけれど、日本人は髪を清潔にしているという前提があってのことかもしれない。
それでも望郷の思いが顔をもたげ、奏澄は店主に問いかけた。
「すみません、これ、ちょっと髪に挿してみても大丈夫ですか?」
「あ……ああ」
店主が、掠れた声で答えた。もしかして良くないだろうか、と奏澄は不安になったが、この店主なら駄目な場合は駄目だとはっきり言うと思われる。
何か他に要因があるのだろう、と不思議がりながらも、奏澄はそれを手に取った。
片手で髪を束ねてねじり、根元に簪を挿す。そのまま串の部分に髪を巻きつかせ、ぐるりと捻じって再び根元に差し込む。奏澄が知る限り、最も簡単な方法だ。
「メイズ、どう……」
ガタン、と大きな音に言葉を遮られる。驚いて音の出所を見ると、店主が椅子から立ち上がり、大きく目を見開いて奏澄を凝視していた。
「……母さん……」
「え……?」
今にも泣きそうな声でそう零した店主に呆気に取られていると、店主は勢いよく奏澄の方へ歩いてきた。
「なぁ、あんたそれどこで――」
「そこまでだ」
奏澄の肩を掴もうと伸ばされた手を、届く前にメイズが掴んだ。
「こいつに危害を加えるようなら、容赦しない」
ぎり、と力を込められた手に、店主が顔を歪めた。
「メイズ、放して!」
奏澄の鋭い一声に答えず、メイズは不服そうに奏澄を見た。
「喧嘩するような人じゃない。職人の手を怪我させたらどうするの。放して」
強く睨みつける奏澄に、メイズは渋々手を放した。
「ごめんなさい。大丈夫ですか? 痣になったりしてませんか?」
「いや……。俺も、悪かった。驚いて……思わず」
ひどくうろたえたその様子に、奏澄は視線を合わせ、できるだけ優しく問いかけた。
「良ければ、お話聞かせてもらえますか?」
店主はそれに戸惑いながらも、間を置いて頷いた。