✴︎✴︎
後日、王宮前で大々的に継承式が行われた。
新しい女王の誕生を一目見ようと多くの国民が集まっていて、王宮の近くにはグリューンやジョシュア、ノーラン、レティシアの姿も見える。
僕とシルフィ、イスカはリリィとレネたちシェラプト兵団の近くで目立たないよう立っていた。
しばらくしてイーリスとリリィがバルコニーに現れると一斉に拍手が起きる。
いつも鎧姿のリリィが今日は一転白く美しいドレスを着飾っている。
お母様にそっくりな気品と美しさは見るものをすべてを魅了する。
レーゲンス家のトップは代々グリーンジルコンの指輪を左手小指に嵌めることが義務づけられていて、イーリスは長年嵌めていた指輪をリリィの小指に嵌めると周囲から拍手喝采が起きた。
リリィが徐にシルフィに向かって口を開く。
「本当の姿を見せたい」
「本気ですか?」
「国を統治するものが嘘をついてはならんだろう」
バルコニーの真ん中に立ったリリィは、白い羽をビリビリと剥がして黒い羽を露わにした。
予想していた通りどよめいた。
レネをはじめとした多くのものが双眸を見開きながら驚きを隠せないでいるが無理もない。
二十七年間ずっと隠してきたのだから。
「私はリリィ・フォン・レーゲンス。生まれながらに黒い羽を持つ王族だ。本日から母イーリス・フォン・レーゲンスより女王の座を引き継ぎ、この国を統治することになった。私はこの国からウィブラン人もウィグロ人も関係ない平等な国にする」
一瞬時が止まり、冬の風の音だけが響き渡る。
「みなには黙っていて本当にすまなかったと思っている。しかし、母も私もこの国の安寧を願い、差別も格差もなくしたいと本気で思っている。まずはウィグロ人をシェラプト兵団に受け入れることにする」
長年、白い羽のウィブラン人が黒い羽を持つウィグロ人を迫害していた事実が消えることはない。
それでもこの国がより良い方向に向かうため、いままで一人もいなかったウィグロ人を兵士として受け入れ、ゆくゆくは幹部にする予定だそうだ。
また誰でも国内を自由に行き来できるようにし、平等に仕事を与え、平等に住む場所を与えることを約束した。
ずっとリリィのことを勘違いしていた。
シルフィとは真逆の冷酷なレイシストだと思っていた。
でも本当は誰よりも家族や国民のことを想い、自分にも相手にも厳しくすることで律してきた。
その強い意志と行動力には頭が上がらない。
しばらく続いた沈黙を破るようにパチパチと大きく拍手をする人がいた。
ウェルトレク村のデパイ村長だ。
近くにいたウェスレイと両親も続くように拍手をする。
連鎖するように拍手は大きくなり、シェラプト全体に響き渡った。
互いの確執がなくなるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
すべての人が納得しているわけではないのも事実。
これからどんどん問題が起きていくだろう。
それでもリリィの強い意志は国民に伝わったし、少なくともこの国が良い方向に進むことは間違いない。
王位継承式の翌日、シルフィの部屋で食事をしながら気になっていたことを訊いてみた。
「どうして側近になることを断ったの?」
シルフィはリリィのお願いを断った。
女王の側近として仕えることを。
「お姉様の気持ちを考えると首を縦に振ってもよかったんだけど、やっぱり私はそんな器じゃないから。それに……」
「それに?」
「お姉様の側近になったらカナタくんとの時間がなくなって、カナタくん寂しくなって浮気しちゃいそうだし」
「う、浮気⁉︎そんなことしないよ」
「冗談よ。カナタくんはそんな勇気ないものね」
その通りだ。
僕にはそんな勇気も度胸もない。それにシルフィといたいからここに残る道を選んだ。
この世界に来てそんなに経っていないのに色々なことがあった。
牢屋で天使に一目惚れして、偉そうな副団長に戦場に放り込まれ、女王の命でディアボロスの子になったと思ったら大国の王と戦う羽目になり、極寒の地で獣と戦った後にイかれた研究員と戦った。大切な人が誘拐されて助けに行ったらロベールを失い、飛竜に襲われながらも水を飲んで空を飛んだ。
一瞬だけだったけれど一緒に空を飛ぶことができた。
天使が空を飛ぶところを見られた。
それが何より嬉しかった。
シルフィは爵位にはつかず国の医療班として働く道を選んだ。
傷ついた人を見過ごすことはしたくないそうだ。
もちろん、極力アーユスの力は使わないことを条件に。
最近は血管の色も戻りつつあり落ち着いているとはいえ、いつ悪化するかわからないから。
あの絵本の影響はあまりに大きく、ヘメリア中を混乱させ、人の思想までも変えてしまった。
作者の意図は作者本人にしかわからないが、少なくとも世界を混乱させようと書いたわけじゃないことくらい頭の弱い僕にでもわかる。
何かの縁があってこの世界にやってきて、世界で最も愛する人に出会った。
一生この世界にいるだろう。
日本だけじゃなく地上の良いところを多くの人に伝えたい。
だから王宮の仕事をしつつ絵本作家になろうと奮闘中。
武闘派と思われたリリィは予想よりも穏便かつ計画的に事を進めていた。
スティネイザーやヴェールブルームだけでなく、中立国のアンピエルスと手を結んだことで安寧の道はほぼ確約されたに等しい。
ただ、人と人の世界で諍いが完全になくなることはない。
思想というものはそんな簡単に変わるものではない。
差別や迫害がなくなるまでにはどれほどの時間が必要なのだろう。
後日、王宮前で大々的に継承式が行われた。
新しい女王の誕生を一目見ようと多くの国民が集まっていて、王宮の近くにはグリューンやジョシュア、ノーラン、レティシアの姿も見える。
僕とシルフィ、イスカはリリィとレネたちシェラプト兵団の近くで目立たないよう立っていた。
しばらくしてイーリスとリリィがバルコニーに現れると一斉に拍手が起きる。
いつも鎧姿のリリィが今日は一転白く美しいドレスを着飾っている。
お母様にそっくりな気品と美しさは見るものをすべてを魅了する。
レーゲンス家のトップは代々グリーンジルコンの指輪を左手小指に嵌めることが義務づけられていて、イーリスは長年嵌めていた指輪をリリィの小指に嵌めると周囲から拍手喝采が起きた。
リリィが徐にシルフィに向かって口を開く。
「本当の姿を見せたい」
「本気ですか?」
「国を統治するものが嘘をついてはならんだろう」
バルコニーの真ん中に立ったリリィは、白い羽をビリビリと剥がして黒い羽を露わにした。
予想していた通りどよめいた。
レネをはじめとした多くのものが双眸を見開きながら驚きを隠せないでいるが無理もない。
二十七年間ずっと隠してきたのだから。
「私はリリィ・フォン・レーゲンス。生まれながらに黒い羽を持つ王族だ。本日から母イーリス・フォン・レーゲンスより女王の座を引き継ぎ、この国を統治することになった。私はこの国からウィブラン人もウィグロ人も関係ない平等な国にする」
一瞬時が止まり、冬の風の音だけが響き渡る。
「みなには黙っていて本当にすまなかったと思っている。しかし、母も私もこの国の安寧を願い、差別も格差もなくしたいと本気で思っている。まずはウィグロ人をシェラプト兵団に受け入れることにする」
長年、白い羽のウィブラン人が黒い羽を持つウィグロ人を迫害していた事実が消えることはない。
それでもこの国がより良い方向に向かうため、いままで一人もいなかったウィグロ人を兵士として受け入れ、ゆくゆくは幹部にする予定だそうだ。
また誰でも国内を自由に行き来できるようにし、平等に仕事を与え、平等に住む場所を与えることを約束した。
ずっとリリィのことを勘違いしていた。
シルフィとは真逆の冷酷なレイシストだと思っていた。
でも本当は誰よりも家族や国民のことを想い、自分にも相手にも厳しくすることで律してきた。
その強い意志と行動力には頭が上がらない。
しばらく続いた沈黙を破るようにパチパチと大きく拍手をする人がいた。
ウェルトレク村のデパイ村長だ。
近くにいたウェスレイと両親も続くように拍手をする。
連鎖するように拍手は大きくなり、シェラプト全体に響き渡った。
互いの確執がなくなるまでにはまだまだ時間がかかるだろう。
すべての人が納得しているわけではないのも事実。
これからどんどん問題が起きていくだろう。
それでもリリィの強い意志は国民に伝わったし、少なくともこの国が良い方向に進むことは間違いない。
王位継承式の翌日、シルフィの部屋で食事をしながら気になっていたことを訊いてみた。
「どうして側近になることを断ったの?」
シルフィはリリィのお願いを断った。
女王の側近として仕えることを。
「お姉様の気持ちを考えると首を縦に振ってもよかったんだけど、やっぱり私はそんな器じゃないから。それに……」
「それに?」
「お姉様の側近になったらカナタくんとの時間がなくなって、カナタくん寂しくなって浮気しちゃいそうだし」
「う、浮気⁉︎そんなことしないよ」
「冗談よ。カナタくんはそんな勇気ないものね」
その通りだ。
僕にはそんな勇気も度胸もない。それにシルフィといたいからここに残る道を選んだ。
この世界に来てそんなに経っていないのに色々なことがあった。
牢屋で天使に一目惚れして、偉そうな副団長に戦場に放り込まれ、女王の命でディアボロスの子になったと思ったら大国の王と戦う羽目になり、極寒の地で獣と戦った後にイかれた研究員と戦った。大切な人が誘拐されて助けに行ったらロベールを失い、飛竜に襲われながらも水を飲んで空を飛んだ。
一瞬だけだったけれど一緒に空を飛ぶことができた。
天使が空を飛ぶところを見られた。
それが何より嬉しかった。
シルフィは爵位にはつかず国の医療班として働く道を選んだ。
傷ついた人を見過ごすことはしたくないそうだ。
もちろん、極力アーユスの力は使わないことを条件に。
最近は血管の色も戻りつつあり落ち着いているとはいえ、いつ悪化するかわからないから。
あの絵本の影響はあまりに大きく、ヘメリア中を混乱させ、人の思想までも変えてしまった。
作者の意図は作者本人にしかわからないが、少なくとも世界を混乱させようと書いたわけじゃないことくらい頭の弱い僕にでもわかる。
何かの縁があってこの世界にやってきて、世界で最も愛する人に出会った。
一生この世界にいるだろう。
日本だけじゃなく地上の良いところを多くの人に伝えたい。
だから王宮の仕事をしつつ絵本作家になろうと奮闘中。
武闘派と思われたリリィは予想よりも穏便かつ計画的に事を進めていた。
スティネイザーやヴェールブルームだけでなく、中立国のアンピエルスと手を結んだことで安寧の道はほぼ確約されたに等しい。
ただ、人と人の世界で諍いが完全になくなることはない。
思想というものはそんな簡単に変わるものではない。
差別や迫害がなくなるまでにはどれほどの時間が必要なのだろう。