君が自分の持つ素晴らしさに気づけますように。
君が誰かを幸せにできるって、いつか思えますように。

第一章 雨の転校生
私は人気者で完璧な優等生だ。
「三池さーん!」
食堂で友達とお昼を食べていると、甲高い声が自分の名前を呼ぶ声が耳に入って来た。
この声は草野さんだろう。彼女が私をなんのために呼んでいるのか大体予想がつく。
「草野さん、どうしたの?」
「次の数学の時間、私宿題の所当てられるんだけど、全然分からなくて。お願い!教えて」
胸の前で手を重ねてお願いする草野さんに笑みを返して「いいよ」と言う。
私を神でも見るような目で見ている草野さんはテニス部の期待の新星だと、聞いたことがある。ただ勉強ー特に数学は苦手らしい。授業で分からなくて困っているところを助けたら、よく教えて欲しいと頼られるようになった。
「ここはこの前の公式を使えばできるよ。応用編だけど、この前、ちゃんと出来てた草野さんならきっとコツ使えば簡単だと思う」
「本当だ!三池さん天才!助かったよ~ありがとう」
「分からなかったらいつでも聞いてね。私数学は得意だから」
「晴華の場合数学もでしょー。本当頭良いよね、晴華って」
一緒にお昼を食べていた友達·果菜の言葉に「はは」と控えめに笑う。
誰かに褒められた時、返答に笑みをを返すのが最適だと気づいたのは中学の時。私はいつだって気をつけ過ぎるくらいに言動に気をつけて生きてきた。それには大きな理由がある。
自分で言うのもなんだけど、私はいわゆる「文武両道」人間で、僻みの対象になることは稀にだけどあった。
だから無駄に知識や生まれ持った能力をひけらかさず、かと言って嫌味な卑下もせずに周りに気をつけていたら友達は沢山できた。しかし同時に「人気者で完璧な優等生」というイメージを持たれてしまった。
そして周りは身勝手にも私をそういう人間だと決めつけ、押し付けてくる。悪意がないのは重々承知しているが、控えめに言っても迷惑だ。
けれども私は馬鹿みたいに「みんなのイメージ通りの私」を演じていた。私には「イメージと違う」と言われて傷つく勇気がないから。
毎日、心の奥底に自分を秘めながら思う。
何で私、自分が大嫌いな自分を必死に演じているんだろうって。

「今日は転校生を紹介する」
先生の言葉で教室中がここまでざわついたのは初めてだろう。
どこか浮き足立っているクラスメイトとは裏腹に、私は変な時期に転校してくる人がいるものだなとしか思わない。つまりそこまで興味が無い。
「男子だったらイケメン来て欲しい!晴華もそう思わない!?」
「よっぽど変な人じゃなかったら私はどんな人でもいいかな」
「えーそう?晴華ってば欲が無いねー」
否定的な言葉で空気が読めない発言になってしまったかもしれないと一瞬焦ったが、そんなこと全く気にしてないかのように笑っている果菜を見てほっとする。
果菜といる時は特に気が緩むから気をつけねば。誰とでも仲良くなれる優しい彼女は、今の私が偽りだと知っても、あからさまに批判したりはしないだろう。それでも油断は禁物だ。
「静かにー」
先生の声さえも掻き消される教室に、その時ガラリとドアが開く音が聞こえた。その瞬間、教室中が面白いぐらい静かになる。
「切木時雨です。よろしくお願いします」
静寂が訪れた教室に透き通った声が響く。
黒板の前で自身の名前を名乗った彼ーもとい切木くんは中々整った顔立ちをしていた。
ただそれ以上にどこか浮世離れしているという印象の方が大きかった。
教室中は、また先程の騒がしさを取り戻していた。
クラスメイトの口から聞こえるのが、「男子だったかー。クソ!」や「結構イケメンじゃない?」というやかましいことこの上ない内容であることは言うまでもない。
「それじゃあ切木の席は······お、三池の隣だな。良かったな。色々教えてもらうと良い」
何が良いのか全然分からないんですけど、と思いながら内心先生を恨む。
何故か我が担任、森川先生は、学級委員長の伊藤くんとほぼ同等と言ってもかごんではないほど、私に信頼を寄せている。全力でやめて欲しい。
まぁ、朝来た時に今まで何も無かった場所に突然机と椅子が現れたから、若干予感はしていたけど。
転校生のお世話なんて心底面倒くさいが仕方ない。
その時横の椅子を引くカタンという音がした。切木くんが荷物を抱えて席にやってきたようだ。
浮世離れしているように見えるのは髪型のせいかもしれない。切木時雨くんはとても特殊な髪型をしている。
後ろは綺麗に短かく切り揃えているのに、横髪だけセミロング程に長くて、正直言って全力でダサい。
「三池さん」
「は、はい?」
そんな若干失礼なことを考えている時に声を掛けられたので、つい大きな声を出しまった。
「隣、よろしくね」
「あ、うんよろしく」
何とか笑は返せたものの、それが精一杯だった。
切木くんには不思議な雰囲気がある。それが一体なんなのか、この時の私は知る由もなかった。

······疲れた。
理由は「転校生の隣の席」という何かが起こりそうな席に位置している私に、多くの人が羨ましいと言わんばかりの視線を投げてくるからだ。
これから席替えで席が変わるまでこの状態と思うと気が重い。
「晴華!」
そんな風に思っていると、果菜から大きな声で名前を呼ばれた。どうやらずっと名前を呼ばれていたらしく、果菜は怪訝そうにしている。
「ごめん。どうかした?」
「わたし今日バイトだから裏門から帰るね」
「あ、うん。バイト頑張ってね」
そう言うと果菜はさっきまでの表情はどこへやら、「バイバーイ!」と上機嫌にスカートを翻した。
中学からの友達である果菜と私は、当然地元も一緒なため、ギリギリまで同じ道筋だ。ただ彼女がバイトの時は帰りは違う。果菜のバイト先であるパン屋さんは、裏門から行った方が早いのだ。
果菜の姿が見えなくなった後もその場に立ち尽くし、そしてちょうど近くにあったベンチに腰を下ろした。
今日はどこの部活もoffなので、皆そそくさと帰り、目の前のグラウンドには誰もいない。
早く帰った方がいいのに、と思いながら、疲れてもう一歩も歩けなかった。
こんなに疲れているのは、きっと一日中、分かりやすい程に視線を向けられていたからだ。
「転校生の隣」という何かが起こりそうな席を皆が羨ましがって見るのは分からなくないが、もう少し遠慮というものを考えて欲しい。
そんな一日の様子を思い出して辟易していると、足音が聞こえた。
そちらの方に目を向けると、それは切木くんだった。
特に理由もなく彼の動向を横目で見る。すると彼はとんでもない行動に出た。
最初は、初日で疲れたのか伸びをするために腕を思い切り天に向けた。そこまでは何ら問題無い。ただその後が異常だった。