幼い頃、「将来の夢はなんですか?」と訊かれたら、私は必ず「お姫様」と答えていた。
そう答えると、大人はみんな『花嫁さん』のことだと思ったようだけど。
私がなりたかったのは、花嫁さんではなく『お姫様』だ。
お屋敷と呼ばれるような広くて大きな洋館に住んで、レースがたくさんあしらわれた可愛いドレスを着て、専属のメイドと執事がいて、「お嬢様」と呼ばれて過ごす。
仕事なんてすることもなく一生を優雅に自由に遊んで暮らす、そんなお姫様生活にとても憧れていた。
いつか、そんな暮らしができると信じていた。
だけど、それは子供の無邪気な幻想でしかなかった。
「いい? 今は女性も働いて当たり前の時代だからね。女性は結婚して家庭に入ればいいって考えじゃ甘い。しっかり勉強して就職して、自立した女性にならなくちゃダメよ」
まだ世間のことなんてなにひとつわからない子供の頃に、何度も言われてきた言葉。
物心ついた時には、父親は家にいなかった。
私には父親の記憶がほとんどないけれど、両親は私が生まれてから価値観の違いで言い合いになることが多く、離婚したらしい。
その頃から漫画家として売れ始めていた母親は毎日原稿の締め切りに追われて部屋に引きこもっていた。
母が忙しい時は、近所にある祖父母の家に預けられて過ごすことが多かった。
「ねぇ。おかあさんのとこ帰っていい?」
「お仕事の邪魔になっちゃうから、もう少し我慢してね」
「……うん。わかった」
寂しさを隠して、妹とふたりで遊んでいた思い出も多い。
母が私を育てるためにどれだけ必死に働いていたか。
当時の母と同じ年になった今なら、その苦労が少しわかる気がする。
離婚して女手ひとつで子供を育てるのには、相当の覚悟が必要だ。
そんな母親の背中を見て育ってきたからか、私は子供の頃から結婚に対して憧れがなかった。
友達同士の会話で、「何歳までに結婚したい?」と訊かれても答えられなかった。
自分が結婚している姿なんて想像できなかったし、ましてや母親になるなんて想像もつかない。
つまり私には結婚願望というものがない。
それがいいことなのか、悪いことなのか、私にはわからない。