良庵せんせはああ見えて剣術の達者ですけれど、筋骨隆々、巌のような体つき、という事はありません。
細身ではありますが、それでも筋肉質の……そうですね、あたし風に言うと『いけてる』体型でいてらっしゃいますね。
どうして急にそんなことを言い出すのか、ですよね。
だってあたし、いま良庵せんせに抱え上げられ、どこかのお姫さまになったみたいに抱っこされてるいるんですもの。
「お葉さん、痛みますか?」
「え、ええっと、まだ少し――」
良庵せんせと市へ行き、お大根や油揚げや、色々と買い込んだ直後にどこぞの見知らぬ大男にぶち当たられちまってすっ転んだんですよ、あたし。
その拍子に足を挫いちまったもんだから、見る間に足首が腫れてってね、慌てた良庵せんせが懐からいつものやぶ呪符を取り出して足首に括り付けるや、がばりとあたしをお姫さま抱っこ。
そして今に至るわけなんですよ。
「家に着く頃には痛みも引くと思います。もう少しの辛抱ですからね」
「ありがとうございます、良庵せんせ」
あたしにとっては最初からそれ程の痛みではありませんし、この足首に括り付けられた呪符へあたしの巫戟の力を籠めればたちどころに完治なんですが、せっかくなので良庵せんせの逞しさを堪能させて頂いておりますの。
それにしたってあのおつむの足らなそうな大男、何者でしょう。
なかなかの人混みでしたし、うっかりぶち当たる事ももちろんあるでしょうけれど、あたしはちゃんと耳にしたんですよね。
ぶち当たられる寸前の、
『――今だ!』
っていう大男のちいさな声を。
それってまず間違いなくあたしを狙ってのことですよねぇ。
少し探りを入れておきましょうか。
お姫さま抱っこのままプツンと自分の髪を一本抜いて、良庵せんせに見つからないよう指で摘んで背中の後ろへ回します。
それに巫戟の念を籠め、ぐにゃりぐにゃりと蠢かせること数秒。巫戟が満ちるとともに元の髪の毛に戻ってはらりと風に吹かれてどこかへ飛んで行きました。
これで良し、です。
あとはまぁ、しばらく特にやる事もありませんので良庵せんせの逞しい腕と胸をあたしの体全部で感じる事に努めましょうか。
……あ、コレほんと良いですねぇ……
触れる逞しい腕も、胸も、心配げな瞳も、時折り頭に掛かる良庵せんせの息遣いまでも本当に良い塩梅なんですが、極力あたしを揺すらない様に気をつけながらも家路を急ぐ良庵せんせの想いが一等良いですねぇ。
癖になっちまいそうですよ、お姫さま抱っこ――
その時、パンっ、という音が脳内に響きました。
先ほど放ったあたしのネズミが踏み潰されるかしたようですね。
あたしが自分の髪で作った真っ白なネズミはその容姿の愛らしさもさることながら、なかなかに使える使い魔。それを苦もなく踏み潰すとは……。
ちぇっ。
こんな事なら視界の共有もさせておけば良かったですが、んなこと言ってもあとの祭り、後悔するのは嫌いなんでしてやりませんよ。
「さ、お葉さん、家に着きました。歩けそうですか?」
あら、もう着きました? もっと良庵せんせの腕の中を堪能したかったですけれど、なかなか思い通りにいきませんねぇ。
あたしは一つ頷いて、恐る恐るの体で地に降り立って――
あら? ひとっつも痛くありませんね。
――と、小さく首を捻りました。
相変わらず巫戟の力は感じませんが、呪符自体の力が増しているんでしょうか。
「痛みますか?」
「いえ、ちぃとも」
「ほんとですか!?」
「ほんとにほんとの、ええ、ちぃとも」
「良かった」
心の底から安堵したような、そんな『良かった』でした。
ご自分の呪符の効果があった事よりも先ず、あたしの身を案じてくれる良庵せんせにまたしてもキュンとしちまいますねぇ。
良庵せんせと共に門を潜ったその際に、あの『痛みや病いに効く呪い、有り〼』の看板にさりげなく触れ、『〼』の部分に巫戟の念を籠めました。
一応ね。なんだか嫌な予感がしますから。