「……ヨル……僕は……、僕はお前を許さない!」
どんっ、と地を蹴り飛び出した良庵せんせが素振り刀を叩きつけるように振り下ろすけど、それを立てた二本の指でガキンと弾き返すヨル。
「まずはリョーアン、貴様を死の一歩手前まで痛めつける。そうすればヨーコも頷かざるを――」
「うぉぉおお!」
せんせはヨルの言葉を無視。雄叫びと共に袈裟に、横薙ぎに、また頭上へと素振り刀を叩きつけました。
けど――
「二回! 三回! これで四回! さぁリョーアン、早く呪符を替えろ!」
――どうしたってこの間が訪れちまうんだよ。
幸い――て言っていいのか分からないけど、ヨルの戟が回復した今でも四発までは呪符に籠めた巫も保つみたいだね。
せんせはヨルの頭上で防がれた素振り刀の反動を利用して後ろへ跳ぶ――と見せ、雪駄の裏でヨルの顔目掛けて蹴り!
「ただの蹴りなぞ――」
逆の手で払おうとしたヨルのその手がパンっと弾かれて……え、どうしてだい?
「――なに!?」
せんせは当然その隙を見逃さない。
くるんと後ろに回りながら着地したせんせは素早く胸から呪符を取り出し握り込み、伸び上がるようにして逆袈裟を放つ!
「ちっ――!」
半歩後ろへ飛び退くカタチでかわしたヨルのその胸が、ばっ、と鋭く裂けて真っ赤な血が二人の真上に飛び散ったんだ――
せんせ、強過ぎないかい――
「くっ――! 如何に貴様と言えど……これほど――」
「ヨル。僕は怒ってる。ずっと怒ってるが――これまでで一番怒ってる!」
せんせの剣幕に圧される様に僅かに飛び退いたヨルがその身に纏う戟を強め、きゅっ、と力を籠めただけで胸の傷は塞がったらしい。ちっ、浅かったみたいだねぇ。
「何をそれほどに怒っている」
「分からないのか?」
「どうやらさきほど消え去った尾っぽの事か……尾っぽはまた生える、爪や毛と同じだ」
「……そう、なのかも知れない、妖狐にとっては。それは僕には分からないが……けれど、お前と僕が……相入れないという事だけは分かる!」
至近距離で対峙する二人。
叫んだ良庵せんせが裂帛の気合いをもって上段から――
「であぁぁ――!」
対して眼前のせんせへ向けて闇雲に戟を放とうとするヨル――
瞬き一つよりも短い刹那の時を挟んで、ヨルの斜め後ろから声が一つ。
「――こっちだ、ヨル」
瞬間移動したかのような……突然消えて現れた良庵せんせの素振り刀がヨルの胴を目掛けて突き入れ――――られません!
「黙れリョーアン!」
ばぉっ、とヨルの体に膨らんだ戟が、爆発する様に全方位へ噴き出し良庵せんせを押し返して吹き飛ばしちまったもんだから。
「せんせ! 大丈夫かい!? 無理しないでおくれ!」
せんせをガシッと受け止めながら、そんなこと言ってみたあたしを見詰めてせんせが言ったんだ。
「無理もします! しーちゃんさんがやられたんです!」
「……せんせ。その、さ、言いにくいんだけど――」
せんせが少し怪訝な顔。
「もしや……お葉さんもヨルと同じ考え……?」
「ち、違いますよ! あたしは尾っぽ達を妹弟だと思ってんですから!」
「では……?」
「しーちゃん、喰らってない……やられてないんだ」
せんせがはっきり驚いた顔。
「しーちゃんさ、実は戟切れしただけなんだ」
「戟……切れ?」
「そう戟切れ。式神としての体が維持できなくなって消えちゃって…………今もうあたしのお尻でスヤスヤ寝てんだ」
本体の体に戻ったんでね、それこそ二、三日休んで戟が溜まればまた生えてくるくらいには元気なんです。
ヨルのはどうやってるのか知りませんけど、あたしの尾っぽが切り離せるの、これは野巫三才図絵『天の部』に載る式神の図柄を使ってるからなんです。
あたしら妖狐に後から生える尾っぽたちはみんな、自我というか意識は本体のお尻にあって……ま、雑に言っちまえばお尻に憑り付いたお化けみたいなもんだね。
あたしは野巫使って髪の毛なんかで式神作るのはお手の物なんだけど、その依り代に自分の尾っぽを使ってるのがしーちゃん達って訳さ。
こちらへゆっくり歩いてくるヨルを尻目にさらに良庵せんせとこそこそ話。
「だからさ。そんな無理してヨルと戦わなくってもさ、結界もないし逃げちまうってのも手じゃないかな、なんて思うんだけどどうです良庵せんせ?」
少し呆けたような、安心したような、そんな表情作ったせんせだったけど、きりっと真剣な面持ちで言ってのけました。
「いえ、ここでヨルを叩きます」
「――どうしてだいせんせ!」
「僕とお葉さんにはもう三十年ほどしかないんです。少しでも長く多く、邪魔されずに貴女と過ごしたい」
「…………せんせったら……」
あたしを涙で溺れさせようとしてるんじゃないだろね。でも――
「せんせ、あたしもそれ、乗るよ! 一緒に叩こ――」
「それは無理だ。諦めろヨーコ」
歩みを止めたヨルが再び手を二度振って、今度はあたしに向けてまた大きな格子を鋭く打ち出したんだ。
「させん!」
あたしじゃ目で追うのが精一杯のそれをせんせが飛び出し素振り刀で叩いて砕いてみせたけど――
「ぐ――っ!?」
「せんせ! あ、足が――!」
――せんせの左足、袴の裾から先が焦げた様にぼろぼろに……
「大したものだ。すっかり騙されていた」
何に騙されてたってのか知らないけど……あ、あたしのせいだ……
あたしじゃ……あたしなんかじゃ……足手纏いにしかならない!
「これ見よがしに呪符を握り込んだ木剣……それが目眩しだとはな」
「ぐぁぁあっ!」
ヨルが再び飛ばした大きな格子と小さな格子、その大きな方はせんせが砕くけど……今度は右足に喰らっちまった……
「せ、せんせ……」
「平気……です。ちっとも痛く、なんてありません。だから僕の後ろから出ないで下さいね」
痛くないわけないじゃないですか! 左はともかく――右足は焼け爛れてんですよ!
「その雪駄。さらに道着も袴も、恐らくはその眼鏡も。身につけた全ての物に呪符の効果を与えていたとはな」
そういやせんせの眼鏡のツルのとこ、呪符巻き付けてんのかいつもと違って白くなってる。そっか、だからヨルの攻撃に対応できるしごっちゃんに化けたあたしを見抜く事も出来たんだ。
――なんて言ってる場合じゃない。
ぷつん、と自分の髪の毛抜いて巫戟を籠めて、治癒の図柄を作ってせんせの右足へ。
見る見る内にせんせの足は治るけど、さすがに崩れた雪駄は戻らない……
「道具の力を強化。それか道具に力を借りる呪符だろう。どちらでも良いが、これでリョーアン、オマエの速さは死んだ」