「ごっちゃんさん! いま助けます!」
「きゅー! きゅきゅきゅー!」
良庵せんせはヨルに背中見せて駆け出して、さらに万が一を考えて下がってたごっちゃんまで箱へ向かって駆け出したんだ。
尾っぽはまた生えてくるんだから気にしなくても平気なのに……
ほら見なよ。ヨルのやつが舌舐めずりして狙ってるってば。
ヨルが戟で拵えた大きな爪を手に纏い、ガラ空きのせんせの背中を抉ろうと飛びかかったのを――
「死ねリョーアン!」
「させないよ!」
せんせの腰から飛び出して、華麗に跳んだわっちが飛び蹴り! せんせの後ろ頭に!
「なに――!?」
せんせの背中を捉え損ねたヨルの爪がわっちの膝下を深く引っ掻いたけど、こんなのちっとも痛くないもんね! ないったらないんだから!
「せんせ、やるんなら素早くね!」
前のめりで転びそうになった良庵せんせが頭を振り振り元気よく返事。
「はい! しーちゃんさん、少しの間お願いします!」
……ま、そうは言っても長くは無理だよ。
「今度はヨーコの尾っぽか……。無駄なあがきだ」
「無駄かどうか、試してみなよ!」
強がって言うだけ言ってはみたものの、良庵せんせこんなのとよく戦ってたね。
いつもの平坦な表情ちょっと歪めたヨル、どう見ても怒ってんだもん。はっきり言ってわっちめっちゃくちゃ怖い。
三郎太ちゃんが言ってた通り、菜々緒ちゃんがビビってるから影響される、ってやつかな。
それでもさ。本体ともどもビビっててもさ、ちょっとでも時間稼ぐくらいはなんとかやんなきゃね。
◇ ◇ ◇
それにしたってせんせの足すんごい速い。人間離れしてるねぇ。
あたしが近付くよりも早く箱へ近付いた良庵せんせが、懐から数枚の呪符を取り出して重ね、あの箱へと押し当てました。
さっきは弾かれてたみたいだけど、呪符越しに触れた今度は弾かれる事なく触れられた様子。けど、やっぱり駄目だったみたいですね。
ほんの少し数える間に呪符が焼け焦げ、再びせんせの手は弾かれちまった。
「くそっ! 僕の巫では弱過ぎるのか!?」
せんせの考えはたぶん間違ってない。
せんせが手にした呪符は恐らく甚兵衛が最後に言ってた呪符のうちの一つ――戟を祓う呪符――、あれならきっと戟でできた箱を壊せる筈。
それでも壊せないってのは、せんせの描く図柄は相当正確だから、単に出力が弱いんだ。
せんせがさらに枚数を増やして手にするけれど、きっとそれでも駄目だろうねぇ。
なら、あたしがやるべき事ははっきりしてる。
いつまでもビビってごっちゃんの振りしてる場合じゃないってこと!
「きゅー! ……――せんせ、その呪符あたしに下さいな」
「お――お葉さん!」
一息で変化を解いてみせ、そしてあたしも畳の上へ。ビビってばっかじゃ六尾が廃るってなもんだよね。
「駄目です! お葉さんは離れていて下さい!」
「もう遅いですよ。ほら、ヨルのやつがこっち見てびっくりした顔してますから」
しーちゃんはちびっこいからね、その背じゃ全然目隠しにもなりゃしませんよ。
「とにかくごっちゃんはあたしが。せんせはしーちゃんの方お願いしますよ」
あんな書き置き一つ残して出てった女がこんなこと言えた義理じゃないんだけど、どう見たってあたしよりかはせんせの方が……。せんせの強さ、凄いんだもん。
「ごっちゃん助け出したらみんなでヨルに当たるってのは――」
「駄目です。お葉さんはごっちゃんさんとしーちゃんさんを連れて下がる、これが守れるならその提案を飲みましょう」
にこっと笑ってそう言って、せんせは手にした呪符をあたしに渡してさらに言ったのさ。
「ではこれを、ヨルには僕が一人で当たりますから」
十枚ほどの呪符を受け取った時、ほんのりわずかに触れたあたしの指とせんせの指。
……あぁ。なんか――
なんか分かんないけど――ほんとのところも分かんないけど――せんせがあたしの全てを受け入れてくれてるって、なんか、そう感じちまった。
せんせはあたしに背を向けて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔したヨルを睨んでいます。
いつまでだってこのまませんせの背中を見詰めてたいけど、あたしもやる事やんなきゃね。
「しーちゃんさん! 僕が代わります!」
せんせの叫びを背中で聞きながら、受け取った呪符を抱き、あたしはごっちゃんを閉じ込める箱へと向き合います。
せんせが巫籠めて描いた図柄の隅から隅まで、呪符の一枚一枚全てに、あたしの巫戟をさらに籠め――
「ごっちゃん、すぐに出してあげるからね」
◆ ◆ ◆
だ――だめだ!
わっちじゃ全然歯が立たない!
全力で放てばあと一回程度しか残ってないわっちの戟、それのほとんどを体に纏わせてみたものの、それでもなんとかヨルの拳が目で追えるって程度なんだもん。
「――あぐっ」
巻き込む様に振るったヨルの拳にごつんと頬を殴られて――
「ぐえっ――」
ごつんとさらに頭のてっぺん殴られて変な声出ちゃった。くそー。これでもわっち、美少女尾っぽで通してんのにぐえっ、は酷いじゃんか。
でも、あれだね。
ヨルのやつ、わっち相手だからか手ぇ抜いてるよ。箱の外に居るのが良庵せんせとごっちゃんだと思ってるからあの箱こわせないと高くくってるせい、かな。
それともせんせと戦って疲れちゃったとか?
どっちにしても願ったり叶ったりだよ。わっち如きが時間稼ぎ出来るんなら――……って、なに? ヨルがびっくりしてる?
そっ、と後ろを窺うと……箱の中にも外にもお葉ちゃん居てる……あっちゃー、遂にバレちゃったか。
「外の尾っぽがヨーコだった……? いや、そんな筈はない。我ら妖狐が尾っぽを助けに戻るなど有り得ぬ――」
普通はそうだね。ウチのお葉ちゃんはちょっと普通じゃないんだよ。茫然自失で隙だらけのヨル目掛けて――
「えいっ!」
混乱してるらしいヨルのほっぺた殴ってやったんだけど、ちっとも効いてないわ逆にわっちの手が痛いわで参っちゃ――
「うるさい。少し黙ってろ」
「ぶへぇっ!」
もう! また変な声出ちゃったじゃん!
鼻っ柱に裏拳喰らって吹き飛ばされたんだけど、それをせんせがガシッと受け止めてくれたんだ。
そういやさっき、代わります、って聞こえてたね。上手くいったのかな。
せんせの胸に抱かれたままで、ズキズキ痛む鼻触ってみたらしっかり鼻血出てました。美少女尾っぽで売ってるってのにさ!
「せんせ、箱、開いた?」
「お葉さんがいまやってますからじきに開くと思います」
こっそりそんなやり取りしてたらさ、背後でごっちゃんの「きゅーーっ!」って声が聞こえたんだ。
ヨルがまたびっくり顔でこっち見て、その顔見れば上手くいったの一目瞭然。やったねお葉ちゃん。
ぎりっと奥歯を噛んだヨルが毛を逆立てて怒ってる。
そりゃそうかもね。ずっと話し掛けてたお葉ちゃんがただの尾っぽだったんだもん。ぷーっ。笑っちゃうよねこんなん。くすくす。
「…………もういい。あとの事はあとで考える」
そんな負け惜しみを溢したヨルが高々と手を掲げ、指をぱちんと鳴らしたらさ、頭上にずっとあった結界が消えてったんだ。すぅっと。
え? なに? もう帰っていいよ、ってこと?
……じゃあ、ないよね。