え、うそ、せんせが抱っこしてるこれ、ごっちゃんじゃないの……?

 ほんと? わっちと同じお葉ちゃんの尾っぽ、どう見たってごっちゃんじゃん絶対……

『……せんせ。あたしがあたしって……分かるんですか?』
「やっぱり……って、頭に声が直接響いてくる……?」

 お葉ちゃんとわっち達なら離れててもできるけど、くっついてれば(かんなぎ)(げき)を通して心で会話ができるんだ。
 なんだかよく分かんないけど、ヨルにばれちゃ拙そうだもんね。

 前にやってたみたいにお葉ちゃんとごっちゃんの意識だけ入れ替わってるのかなぁ? でもそれだと絶対に見分けつかないはずだよね。だって見た目はそれぞれ本物だもん。
 こんな事ならどっちかの視界覗いとけば良かったね。でも()()()して消滅するのは(まず)いしなぁ。

『どうしてあたしだって?』
『どうって……、その……な、なんとなくですよ、なんとなく』

 良庵せんせがなんだかほっぺた赤く染めて照れちゃった。やっぱりなんか理由あるんじゃなーい?
 お葉ちゃんもおんなじように思ったみたいで興味津々、無言でせんせの顔を見詰めてるよ。

『そ……その、なっちゃんもしーちゃんさんも……とっても可愛い狐なんですけど……、その……』

 ほうほう? わっちは確かに狐でも人の姿でも確かに可愛い。だからこそ、けどなんなのさ。

『狐の姿でも、その、()()()()()()()感じたから……だからなんとなくお葉さんかな、って』

 ……思ってた以上にふんわりした理由だったね。
 わっちから見りゃ完全にごっちゃんなんだけど、せんせが見るとなんか違うんかな。

 そんでね、せんせの顔、真っ赤っか。
 毛でよく分かんないけど、たぶんきっとお葉ちゃんも真っ赤っかなんだろうね。微笑ましくってにやにやしちゃうなぁ。

 けどね、そんな事やってる場合じゃないんじゃない? ほら来た! ヨルの格子! ぶっちゃけそれでも大人しく待っててくれてた方だと思うよ!
 兎の足からにゅっと手ぇ出して、せんせの太もも叩いて知らせようと思ったんだけど――

 ざんっ、と素振り刀のひと薙ぎで粉砕しちゃった……まじ……?

『良庵せんせ……今のは――!?』
「下がっていて下さい。あとは僕がなんとかしますから」

 お葉ちゃんが頷くわけないと思ったけど、せんせの優しい笑みと有無を言わさない迫力に頷くしかなかったみたい。
 とてっとごっちゃんのままで降りて、少し下がって距離をとったお葉ちゃん。


「ヨーコ、どうやらリョーアンが来たらしい。殺しはしないが腕の一本や二本は覚悟しておけ」

 かろうじて床だけ残ってる小さな家の畳の上、黒狐の男(ヨ ル)が半透明の赤い箱に向かってそんなこと言ってるよ――って箱の中にいるのお葉ちゃん!?

 って事はあれがごっちゃんでお葉ちゃんに化けてて、こっちのごっちゃんはお葉ちゃんが化けてるごっちゃんってこと……ややっこしいなぁ、もう!


「リョーアン、用が済めばヨーコは返す。大人しく帰れ」
「大人しく帰りますよ。お葉さんを連れてならば今すぐにでも」

 そう返した良庵せんせがゆっくりと、一歩一歩と近付いて行くんだ。

『ちょ、ちょっとせんせ! あれはごっちゃんなんだから! 無理しなくて良いんだよ!』

 だってわっちら尾っぽはまた生えてくるんだから!

「そういう訳にもいきません。あんなとこに閉じ込められて可哀想じゃないですか。それに――」

 それに?

「お葉さんがヨルの手の内にあるのが許せません!」

 ごっちゃんとは言え、ってのが透けて見えるけど……落ち着いてるように見えて眼鏡の奥の目ぎらっぎらでせんせ、ブチ切れてるじゃない!

「今すぐ解放しろ! ヨル!」
「力づくでさせてみれば良い。人の――塵芥(ちりあくた)の力で出来るとは思えないがな」

 ニヤっと口の端を持ち上げてそんなこと言ったヨルに、特には答えない良庵せんせが素振り刀を握り直して力強く地を蹴り飛び出しました。
 ちょ、ちょっと待ってせんせらしくないよ!

 笑みを止めないヨル。眼前に手を掲げ、素早く手を振り格子を描いてまた放ったけど、それをせんせが斬り上げ真っ二つ!

 せんせ! 凄いけどなんでそんなの出来るの!? お葉ちゃんですらそれで手の骨折られたんだよ!?

「はぁぁっ!」

 さらに踏み込みヨルの頭目掛けて重い素振り刀を振り下ろす!

 けど掲げたヨルの腕に阻まれて、がぎんっと硬い音。さらに薙いだ二撃目も膝で受けられまたがぎんっ。惜っしいー!
 ちっ、と舌打ちひとつの良庵せんせが飛び退きます。

「……そうか、ヨーコの弟子か。ただの塵芥ではないらしいな」
「八尾の妖狐も言うほど大したことはなさそうだ。痛い目見る前に返した方が良いんじゃないか?」

 ……せんせ、なんか変なものでも食べちゃったの? 完全に別人みたいじゃない。
 お葉ちゃんもポォっと蕩けた顔の別人みたくなっちゃってるけど。

「塵芥が言うじゃないか。しかしもうタネは割れた――」

 ヨルがせんせの右手を指差して――

「――その()()、籠めた力がすでに枯渇したようだぞ」

 紙束? 確かにせんせは(つか)の所で呪符も一緒に握り込んでるけど……

「要らぬ心配だ。最後の一撃は確かに(かんなぎ)が切れかけていたが――」

 せんせが太々(ふてぶて)しくそう言って、握り込んでた呪符を()()()()()と放り捨て、胸元に左手突っ込んで続けたんだ。

「――まだまだある。全て無くなるまでには片が付くさ」

 再び()()()()呪符を取り出し重ねて素振り刀を握り込み、また突っ掛かる様にして駆け出したよ。

「ふん、下らん」

 対して、お葉ちゃんにしてみせたみたいに両手を使っていくつも格子を描いて飛ばすヨル。
 さっきのせんせの()()()、格子を二発とヨルの腕に一発、さらに膝に一発の計四回。ヨルの戟にぶつけたら籠めた巫の力を四回で使い切っちゃうみたいだね。

 当然それをヨルも気づいてる。だから格子を五つも六つもひと息で放ってくる。当然そうなるよね。
 それだと防ぐばかりで攻めることなんて出来っこない、と思ったんだけど――

「塵芥の力を舐めるなよ、ヨル」

 ――そうひとつ溢したせんせが腰を落としてぎゅっと雪駄を踏み込むと、掻き消えるようにいなくなっちゃった。
 的を失った格子がどかんどかんと当たって地面を抉り、せんせにぶら下がったわっちは急に視界が変わってびっくりしちゃった。

 だって目の前、ヨルの背中があったんだもん。

「どこ見てる。こっちだ」

 せんせの声に驚くヨルが振り向く寸前、せんせの振り下ろした素振り刀がヨルのこめかみ捉えたんだ。

 楽勝じゃん! せんせつよいっ! せんせ無双でこのまま勝てるよ!!

 ――けど、ヨルのやつの薄ら笑いはそのままなんだよね。
 まだ楽観できない、かな。