「ひ、ひぃぃっ! ゆ、許しておくれ! お、おら、おらはもう破落戸は辞めるって決めたんだ! か、堪忍しておくれ!」
再び与太郎ちゃんががばりと土下座。
あたしだけじゃなく良庵せんせからも凄まれちまいました。これじゃ地獄耳のごっちゃんが嘘ついたみたいになっちまう。
「あ、すまん与太郎。僕はなにも与太郎に怒ってる訳じゃないんだ」
「お、おら怒られねぇ?」
「ああ、怒らん。だから話しておくれ。お前にそんな事をさせた奴と、そんな依頼を出した奴の事を」
良庵せんせを巻き込んじまいましたが、とんとん拍子に話が進みそうですよ。
「そ、その……おらにさせたのは蝮の三太夫って破落戸の元締めで……」
「依頼人は?」
「そ、その……おらは会ってねえだけど、女の人だったって……」
……女、ねぇ――。
女ってったらきっとあの人しかいないですよね。ほんと嫌んなりますねぇ。
「女……。お葉さん、なにか心当たりありますか?」
「そうですねぇ。もしかしたら良庵せんせの昔の良い人があたしに嫉妬して、だったりして」
「そ――っ、そんな事ありませんよ、何を仰るんですかお葉さんたらホントにもう」
慌てちゃう良庵せんせが可愛くってつい冗談言ってしまった訳ですけど、言った手前が予想外に衝撃受けてて自分で驚いちまいました。
そうですよね。良庵せんせもこれで三十路過ぎですからね、昔に付き合った女の一人や二人、男前だし十人二十人いたっておかしくありません。
ありませんけど、考えるとムカっ腹が立つのはどうしてでしょうね。
「その蝮の三太夫さん? それに聞いたとて依頼人の名は明かさないでしょうし、依頼自体もただの体当たりですから可愛いモノ、依頼人の事は良いんじゃありません?」
依頼人があの人だとするとバレるのもきついモノがある被害者、辛いですねぇ。
ふむん、と腕を組んで思案顔の良庵せんせ。
眉間に皺、袖から覗く腕の筋、悩む素振りも色気があってどきどきしちまいますねぇ。
「お葉さんがそう仰るなら依頼人の事は良いでしょう。その代わりしばらくの間、一人で出歩くのは控えて下さい。良いですね?」
「ええ。畏まりました」
良庵せんせならそう言いますよね。
けどいざともなったらごっちゃん達と入れ替わって出歩いちゃうんですけどね、あたし。
「よし。行こうか与太郎」
「え? い、行くってどこへだ?」
「決まってるじゃないか。蝮の三太夫のところだよ。とにかくお前を堅気に戻そう」
あれよあれよで決まっちまいました。
「さ、与太郎、案内を頼む。お葉さんは留守番ですからね」
こくりと頷きはしたものの心配です。
与太郎ちゃんを伴って門の所で立つ良庵せんせにちょっと待って貰うようお伝えし、いそいそと部屋に入ってお尻をひと撫で。
「しーちゃん、お願いね」
現れた真っ直ぐ綺麗な毛の毛玉に声を掛けると、しーちゃんは心得たもので一度狐の姿を取ったかと思うとキューっと一声小さく鳴いて、ググっと縮んで獣の後ろ足先に化けてくれました。
きちんと革紐つきです。さすがはしっかり者のしーちゃん。
ちなみにごっちゃんは可愛らしい感じの狐ですけど、しーちゃんは綺麗な感じの狐の姿。みんな違ってみんな良いってやつですね。
「良庵せんせ、これを」
「なんですかこれ? ――はっ!? まさかなっちゃんの――」
「嫌ですよ良庵せんせったら。さすがにそんな怖いことしませんよ。昔もらった舶来品の御守りです。これをこうして結んでおけば……さぁ、これで安心です」
良庵せんせの帯の右側に括り付けました。思ったよりも可愛らしくて素敵なんじゃありません?
「お、お葉さん、それでコレ、なんの後ろ足なんです?」
「兎の足ですって。よくは知りませんが幸運の御守りらしいんですよ」
あたしがこの間まで主にうろうろしてた辺りじゃ流行ってませんでしたが、そこから北西に海を渡った国の風習なんですって。
まぁあたしは別に信じてません。ただしーちゃんを良庵せんせに持たせたかっただけですからね。
これで良庵せんせがどこに居たって居場所が分かりますし、いざともなれば即座に駆けつけることもできます。
……あら。これって良庵せんせが万が一浮気なんかしやがったとしてもすぐ判っちまいますねぇ。
良庵せんせに限ってそんな事はないでしょうけど、せっかくだからずっと付けてて貰いましょっか。うふふ。
「良庵せんせ、これからずっと付けててくれます?」
「え、良いんですか? 大事なものなんじゃ?」
「良庵せんせが一等大事ですから」
「お葉さん!」
お互いぎゅっと手を取り合って見つめ合うあたしら二人を、お芝居でも観るかのようにわくわく顔で与太郎ちゃんが見下ろして、いつの間にかやってきていたなっちゃんが見上げていました。
「ではお留守番よろしくお願いします」
「はい。お気をつけて」
なっちゃんを抱っこして良庵せんせと与太郎ちゃんをお見送りしました。
並んで歩いて行く二人、与太郎ちゃんが声を掛けていますね。
『ね、ねえ良庵先生。あ、あの可愛い小狐飼ってるだ?』
『ああ、うちの家族のなっちゃんだよ』
『い、良いなぁ。お、おらもなっちゃんと遊びにまた行っても構わねえ?』
『もちろん良いよ。なっちゃんが遊んでくれるかは分からないけどね』
さすがしーちゃん、良い仕事するねぇ。
感度良好、引き続きよろしくね。
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良庵せんせがGPSつけられましたΣ(゚д゚lll)
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