「嫌な女だったら、こんなに好きになってないよ。お前も、俺も」


最後の言葉を強調されて、告白もしていないのに失恋させられる。
わかっていても、胸がちぎれそうなくらい苦しくて痛かった。


「はいはい。惚気は明日の式でやってよね」


わざと呆れたように言って、スタスタと歩き出す。
公園を出る頃には夜空にあった雲は散り散りになり、月を囲むようにたくさんの星が瞬いていた。


「私、きっといい女になるよ」

「……ああ」

「だって、お姉ちゃんの妹だもん」

「……うん」

「もしかしたら、お姉ちゃんより美人になっちゃうかも」

「……そうだな」


前を歩く私をなだめるような返事が、ぽつりぽつりと飛んでくる。
彼の声は、いつもと同じように優しい。


「そのときになったら、ちょっとでいいから後悔してよね」


けれど、この言葉にだけはどんな答えもくれなかった。
それが哲樹の本心だと言われているのが、嫌になるくらいわかった。


「なーんちゃって! 冗談冗談」


だから、最後は明るく言って、そのまま無言を貫いた。


家まで五分。
深夜の、最初で最後のデート。


デートじゃないことはわかっていたけれど、心の中で思うくらいは許してほしい。
朝になれば、誰よりも笑顔でお祝いするから……。


「てっちゃん」

「ん?」


家の前まで送ってくれた哲樹を見れば、彼は真っ直ぐに私を見つめてきた。


私が生まれたときからお向かいに住んでいて、大好きなお兄ちゃんだった。


真面目で、優しくて、面倒見がよくて。
私が困っていると、いつだってヒーローみたいに助けに来てくれた。


そんな哲樹に、気づけば恋をしていた。
けれど、彼は私の隣にいる人しか見ていなかった。


姉と同い年で、ふたりは保育園から高校までずっと一緒で。大学生や社会人になっても、一途にお互いを想い合う姿を見てきた。


私が入り込む隙なんて、砂粒ほどもない。
誰が見てもお似合いで、相思相愛のふたり。


好きな人の好きな人が、大好きな姉でよかった。
私が世界で一番幸せになってほしいと思える人が、哲樹の恋の相手でよかった。


「お姉ちゃんのこと、幸せにしてね」

「任せろ」


満面の笑みで頷いた彼なら、きっと姉を幸せにしてくれる。
今よりもっと、きっとこの先もずっと。


「ばいばい」


哲樹と、彼への恋心。
両方への別れの言葉を紡げば、こらえていた熱がぶわりと込み上げてくる。


友人にも、姉にも、そして哲樹自身にも、『好き』と言ったことはなかった。
彼と姉が恋を実らせたときから、最後まで絶対に口にしないと決めていたから……。


「ありがとう、紗江」


そこに込められていた『好きになってくれて』という意味に気づいて、玄関のドアを閉める前にとうとう嗚咽が漏れた。


「っ……」


忍び足も忘れて階段を上がり、部屋に駆け込む。
壁に掛けてあるフォーマルドレスから目を背けるようにベッドに突っ伏すと、枕に顔をぎゅうっと押しつけた。


「ふっ……うぅ~……っ」


五分だけ泣こう。
最初で最後のデートをした、五分だけ。


そうしないと、あまりにも思い出がありすぎてキリがないから。
五分が経ったら涙を拭って、全部全部終わりにする。


この恋に終止符を打って、明日は誰よりも気持ちを込めて『結婚おめでとう』と伝えてみせる。


大事なふたりが、私のことで胸を痛めないように。
妹として私を大切にしてくれているふたりが、心置きなく幸せになれるように。


なけなしのプライドを振り絞って、心からお祝いをしよう。


『ばいばい』


五分が経つ頃、哲樹に告げた言葉が脳裏に過った。
一生忘れられないかもしれなくても、募らせた想いはひとつ残らず今夜の三日月の下に置いていく。


手の甲で顔を拭って、深呼吸をする。
そして、これ以上の涙が零れないように唇をギュッと噛みしめた。


「ばいばい」


切ない呟きが、深夜の部屋に溶けていく。
ゆっくり、静かに、音もなく。


誰にも明かしたことがないままの、儚い恋心とともに――。



【END】
Special Thanks!!



2024/6/27 執筆&完結公開