「……奈江からメッセージがきた」

「え?」


画面が黒いスマホを向けられ、「そう……」と呟く。


「お姉ちゃん、なんて?」


メッセージの内容なんて訊きたくなかった。
けれど、哲樹への想いにもう終止符を打たなければいけないときが来たんだ……と気づかされてしまったから。


姉と付き合ってからの彼は、一度も私とふたりきりになろうとしなかった。


もちろん、姉のために。
そして、きっと私のためでもあった。


だからこそ、誠実な哲樹の覚悟が見えた気がした。


「【紗江とちゃんと話してきて】って」


姉がまだ起きていたことも。
私が家を抜け出した理由に気づいているであろうことも。
少し余裕が見えそうなメッセージさえも。


そのすべてが、私に〝終わり〟を突きつける。


「えぇ~……私、お姉ちゃんに憐れまれてる?」

「そうじゃない」

「どうだか……」

「紗江だって、わかってるだろ」

「なにが?」


真剣な目から逃げるように、彼から顔を背けてしまう。


「っていうか、お姉ちゃんって私がてっちゃんを寝取るとか考えないのかな」


うんざりしながら毒を吐き出せば、哲樹が呆れたようにため息をついた。


「そんなことしないだろ、紗江は」

「するかもしれないよ?」


声が震える。


「しないよ。絶対にしない」


彼から真っ直ぐに信頼されていることに、胸の奥が軋むようにひどく痛んで。
強がりの鎧が、すぐにでも剥がれそうになる。


「だって、紗江は奈江のことが世界一好きで、誰よりも大事に思ってるから」

「っ……」


言い当てられて、言葉に詰まる。
鎧は剥がれ、無防備にされてしまう。


それでも、私は泣かない。
今日まで何年もかけて、覚悟を決めたから。


「あーあ、お姉ちゃんが嫌な女だったらよかったのに……」


そうすれば、私にもチャンスがあったかもしれない……なんて。
ありもしない可能性を願ってしまう。


姉が、意地悪だったらよかった。
ムカつく人間ならよかった。


幼い頃に転んだ私をおぶって家まで連れて帰ってくれたり。
クラスメイトの男の子たちにいじめられていたら、仁王立ちで守ってくれたり。


会社でパワハラをされていた私よりも真剣に、自分のことのように泣いたり怒ったり。
そんなことをしてくれない人ならよかった。


もし姉が今と性格が一八〇度違う人間だったら、嫌いになれたのに……。


残念ながら、私は幼い頃からずっと姉のことが好きだった。
たぶん、こじらせた恋情を向けている哲樹よりもずっと、姉の方が大切で大好きなのだ。


柔らかい雰囲気に似合わないくらい、やけに気が強くて。
私よりも小柄なくせに、無鉄砲で喧嘩っ早くて。


危なっかしいから、姉なのに放っておけなくて。
可愛くて、優しくて……そして、誰よりも私を大事にしてくれる。


誰にも言ったことがないのに、いつの間にか私の気持ちを知っていて。
けれど、私が必死に隠していたから、ずっと知らないふりをしてくれていた。


そんな姉のことを嫌いになるなんて……。
私には、どうしてもできなかった。