結婚前夜

六月の雨は、朝からずっと降り続けている。


じめじめとした空気が体を纏うようで、全身が気怠い。
今もまだ窓を叩く音は鳴りやまず、雨足はさらに強くなりそうだ。


「明日、本当に晴れるのかしら」


夜が深まってもまだ泣いている空を窓越しに見上げ、母が心配そうな顔をする。


「晴れるんじゃない? 予報では夜中にやむみたいだし、ネットでもテレビでも晴れって言ってるから大丈夫でしょ」

「もう、どうしてそんなに他人事なの。明日は大事に日だっていうのに」


お風呂から上がったばかりの私――紗江(さえ)は、グラスによく冷えた麦茶を注ぎながら苦笑してしまう。


「私にそんなこと言われても……。降るときは降るし、どうしようもないじゃない」


ソファに座って麦茶を飲み、外を眺める母の後ろ姿を見る。


「わかってるわよ。でも、紗江が他人事みたいに言うから……」

「じゃあ、てるてる坊主でも作る?」

「ご利益があるならそうしようかしら」


昔から心配性の母は、ティッシュの箱をじっと見つめた。


「心配しなくても、明日は降水確率〇パーセントって書いてあるよ」


明日の天気を表示したスマホを、母に向ける。
日曜日の欄には、朝から晩まで立派なお日様のマークが並んでいた。


「まあでも、ジューンブライドを優先した時点で、雨が降るかもしれないのは想定内だったでしょ」


激しい雨音を聞く限り、残念ながらまだやみそうにないとは思う。
雷鳴もひどく、現在の雨雲レーダーを見ると関東全域が雨雲で覆われているから。


ただ、雨でも晴れても私にはどうすることもできないのだ。
あっけらかんと言ってのけた私に、母が「のんきなものねぇ」とため息をついた。


わりとのんきな性格なのは、自覚している。
けれど、二十三年間こうなのだから、今さら簡単には変わらないだろう。


「はいはい。それより、お母さんもお風呂に入ってきたら?」

「洗い物をしたらね」

「私が片付けておくから。明日の朝は早いんだし、入っておいでよ」

「そう? じゃあ、お願いするわ。ありがとう」


リビングを出て行く母を見送り、キッチンに立つ。


シンクに山積みになっているお皿やグラスは、祝杯の痕跡だ。
明日の朝に結婚式を控えた我が家の夕食には、お祝いのご馳走が並んだ。


テーブルには、出前のお寿司とともに、三歳上の姉――奈江(なえ)と私の大好物の料理がいくつも並び、お酒もそこそこ楽しんだ。
料理は、母が昨日から仕込んでいたのを知っている。


明日はドレスを着なくてはいけないというのに、おいしくてついつい食べすぎてしまった。
ウエストは大丈夫だろうか。


そんな不安が脳裏を過ったせいで、ついその場で足踏みをしてしまう。
食べたものを少しでも早く消化しようという、わずかばかりの抵抗だ。


往生際の悪い私を嘲笑うように、雨音はいっそう強くなっていった。