サッカー部の試合を見に行く前日、いつもすぐに部活に向かってしまう草野くんと菅谷くんがその日は残って私と美坂さんに声をかけた。
「明日11時に開始だから、15分前ぐらいには来といた方が日陰の場所に座れるかも」
美坂さんが草野くんと菅谷くんに「ごめん、明日ちょっと遅れるかも」と話している。
「じゃあ、私が席取っておくよ」
「いいの……!?」
「うん、菅谷くんの初試合だしね。折角なら良い席で見よ」
菅谷くんが「ごめんな、急に誘って」と申し訳なさそうに謝った。
「全然。夏っぽい感じがして楽しそう!」
美坂さんは本当に楽しみにしているようだった。私も楽しみだったが、何より菅谷くんがサッカー部の試合を見に来ないか自分から誘ってくれたことが嬉しかった。
「ていうか、これで負けたら恥ずいな!菅谷!」
「うるせ。お前も俺と同じチームなんだから、負ける時は一緒だろ」
「あはは、そうだな」
菅谷くんと草野くん、美坂さんがそれぞれ部活に向かおうと教室を出ようとする。すると、美坂さんが振り返った。
「あれ、川崎さんは帰らないの?」
「みんな部活行くんじゃ……」
「行くけど玄関辺りまで一緒に行こ!」
美坂さんの言葉に私は三人の元へ駆け寄った。置いていかれたように感じていた教室からは簡単に抜け出せてしまうもので。私は夕日の光が差し込む教室を後にした。
翌日、朝起きてカーテンを開けると、快晴ではなかったが雨も降っていなくて涼しそうな天気だった。
一階に降りていくと、朝ごはんの美味しそうな香りが広がっている。
「奈々花、おはよう。朝ごはん出来てるわよ。パンはトーストする?」
「うん、お願い」
お母さんには昨日の夜に今日出かけることを伝えておいた。
「そういえば、今日出かける用事ってサッカーの試合を見に行くんでしょ?ここから近いの?」
「うーん、電車で10分くらい」
「丁度お父さんと出かける予定があるんだけど、ついでに送っていく?」
「いいの?じゃあ、お願い。10時45分には着きたいかも」
「じゃあ、10時半前には出ましょ。帰りはどうする?」
「帰りは電車で帰るよ」
「分かったわ」
お母さんはそう言って、私の前の机に朝食を並べてくれる。時間に余裕もあったので、私はゆっくりと朝食を食べ終えた。部屋に戻って着替えを済ませて、鏡の前に立つ。サッカー観戦なのでいつもよりカジュアルで涼しそうな服を選んだ。
最後にベッドの枕元に置かれているいつものぬいぐるみを手に取って抱きしめた。心の中で「寂しくないよ」と唱えて、今日一日症状が出ませんようにと願ってしまう。
「ぬいぐるみを抱きしめるなんて子供みたい……」
そう呟いてしまった自分の声を聞いて、ギュッと胸が痛くなった。ぬいぐるみを枕元に戻すと、一階からお母さんが私を呼ぶ声が聞こえた。
「奈々花、そろそろ出かけるよー」
「はーい、今降りるー!」
私は慌ててバッグを肩にかけて、部屋を出た。一階に降りるともうお母さんとお父さんは出かける準備を終えている。お父さんが運転してくれるのでお母さんが助手席に乗り、私は後部座席に座った。
お父さんが車を出す前に私が教えたサッカーの練習試合が行われる場所をスマホで調べている。
「奈々花、この場所で合ってるか?」
「うん、合ってる。ありがと」
お父さんはその場所を知っていたのかナビを入れずにエンジンをかけた。車に乗っている間、両親は私を送った後二人で出かける予定について話している。私はその話を聞きながら、ぼーっと窓の外の景色を見ていた。見知った景色から段々とサッカー場に近づくにつれて知らない景色に変わっていく。
「あら、ちょっと曇ってきたわね」
お母さんの言葉に私は窓から空を見上げた。確かに薄暗い雲が空にかかり始めている。
「どうしよ、雨降るかな」
「うーん、今のところ大丈夫だと思うけれど……朝の天気予報も曇りだった気がするし」
「そっか」
お母さんに大丈夫と言われてもどこか心配で空を何度も確認してしまう。
「奈々花、着いたわよ」
時計を確認すると、まだ「10:40」だった。でも15分前には席を取っておいた方が良いと言っていたし、丁度良いくらいだろう。
「じゃあ、行ってくるね」
私がそう言うと、お母さんが「行ってらっしゃい」と言ってくれる。お父さんも「楽しんでおいで」と付け足した。
サッカー場に入るともう人がパラパラといたが、生徒の保護者が多そうだった。私は屋根の下で試合がよく見えそうな場所に座る。私は美坂さんの分の席を取るのも兼ねて隣の席にバッグを置いた。まだ全然席は空いていて、みんな好きな席を選んでいる。
その時、近くにいた子供が「あ!雨降ってきた!」と大きな声で言った。私を含め周りの人たちがパッと空を見上げる。その時、腕にポツッと水滴が当たったのが分かった。ポツポツと雨が降り始める。
一応試合は小雨決行なので、周りの人たちが屋根のあるこちら側に座り始める。しかし、その時一気に雨が強まったのが分かった。周りの人たちがスマホで天気予報を確認しながら話している。
「これ中止じゃない?」
「そうかもな。ちょっと連絡が来るまで中に入ってるか」
何人かがサッカー場の施設の中に入っていく。雨がそのまま10分ほど強く降り続けていると、会場のアナウンスがなった。
「本日行われる試合についてですが、天候を考慮した結果中止する方向で……」
アナウンスで中止をいう言葉を流れた瞬間、外に残っていた人たちも一気に立ち上がって帰っていく。私はとりあえず美坂さんに中止の連絡を送った。
「菅谷くんたち、大丈夫かな……」
草野くんも菅谷くんも楽しみにしていたのでショックだろう。試合は延期になるのだろうか?
アナウンスを聞く感じまだ決まっていなそうだったけれど。私はスマホで帰りの電車の時間を調べてみると、丁度20分後に発車の電車がある。この場所から駅までの時間は歩いて約15分。しかし傘を持ってきていないし、駅までバスで行った方がいいだろう。
「バスの時間は……え!」
バスは丁度発車した後で、次のバスは30分後になっている。電車の時間とうまく合わないが、一旦30分後のバスに乗って駅まで行くことにした。その時、スマホの画面に上からピコンとメッセージが表示される。
「川崎さん、ごめん!試合雨で中止になった。もう来てる?」
菅谷くんからのメッセージだった。
「大丈夫!丁度、車で着いた所だからそのまま帰るね」
嘘をつくのは心苦しかったが、試合が中止になって一番辛いのは菅谷くん達でそんな時に気を遣わせたくなかった。私は誰もいなくなった野外から、すぐに施設の中に入った。
丁度入り口付近にベンチがあったので、そこに座って携帯で時間を潰すことにした。雨の音が施設の中まで聞こえてくる。先ほど施設の中に入って行った別の観客たちももう帰ったようで、雨の音だけしか聞こえないのがどこか寂しかった。
誰もいない施設で一人、また症状が顔を出すのだ。
寂しい。
馬鹿みたい。症状が出ないように朝にお願いしたのに。
「願うだけで叶うなら、みんな願って終わりになっちゃうか……」
誰もいない施設の中はよく私の声が響いてしまう。いつも通り心の中で「寂しくないよ。大丈夫」と唱えながら、自分で自分を抱きしめるように腕をギュッとする。
寂しいと一度感じてしまえば、時間が経つのがあまりに遅く感じてしまう。嫌な時間は長く感じるとよく言うけれど、まさにその通りだと思う。
寂しい。寂しくて壊れそう。
目に涙が溜まって、息が荒くなっていく。
「はぁ……!はぁ……」
胸が苦しくて、服を握った。苦しくて苦しくて、もう自分が潰れてしまうのだと感じる。
「川崎さん!」
突然、名前を呼ばれてビクッと自分の身体が震えたのが分かった。
「川崎さん、大丈夫……!?」
顔を上げると、菅谷くんがこちらに走ってきている。ユニフォーム姿のままで、慌ててきたようだった。
「菅谷くん、なんで……」
「川崎さんが15分前に来るって言ってるのに、まだ来てないって言うのが引っ掛かって。もしかして遠慮してるのかなって、一応確認に来たら案の定だった」
菅谷くんに拙い嘘がバレていたことがどこか恥ずかしくて、私はすぐに話題を変えた。
「菅谷くん、部活は……?」
「雨でもう今日は解散になった。草野も謝ってたよ」
「それは全然大丈夫。雨なんて草野くん達のせいじゃないし」
菅谷くんは走ってきた息を整えている。
「川崎さん、隣座っていい?」
私は菅谷くんの言葉に頷いた。あんなに響いているように感じた雨の音はもう耳に入ってこなくなっていた。
「明日11時に開始だから、15分前ぐらいには来といた方が日陰の場所に座れるかも」
美坂さんが草野くんと菅谷くんに「ごめん、明日ちょっと遅れるかも」と話している。
「じゃあ、私が席取っておくよ」
「いいの……!?」
「うん、菅谷くんの初試合だしね。折角なら良い席で見よ」
菅谷くんが「ごめんな、急に誘って」と申し訳なさそうに謝った。
「全然。夏っぽい感じがして楽しそう!」
美坂さんは本当に楽しみにしているようだった。私も楽しみだったが、何より菅谷くんがサッカー部の試合を見に来ないか自分から誘ってくれたことが嬉しかった。
「ていうか、これで負けたら恥ずいな!菅谷!」
「うるせ。お前も俺と同じチームなんだから、負ける時は一緒だろ」
「あはは、そうだな」
菅谷くんと草野くん、美坂さんがそれぞれ部活に向かおうと教室を出ようとする。すると、美坂さんが振り返った。
「あれ、川崎さんは帰らないの?」
「みんな部活行くんじゃ……」
「行くけど玄関辺りまで一緒に行こ!」
美坂さんの言葉に私は三人の元へ駆け寄った。置いていかれたように感じていた教室からは簡単に抜け出せてしまうもので。私は夕日の光が差し込む教室を後にした。
翌日、朝起きてカーテンを開けると、快晴ではなかったが雨も降っていなくて涼しそうな天気だった。
一階に降りていくと、朝ごはんの美味しそうな香りが広がっている。
「奈々花、おはよう。朝ごはん出来てるわよ。パンはトーストする?」
「うん、お願い」
お母さんには昨日の夜に今日出かけることを伝えておいた。
「そういえば、今日出かける用事ってサッカーの試合を見に行くんでしょ?ここから近いの?」
「うーん、電車で10分くらい」
「丁度お父さんと出かける予定があるんだけど、ついでに送っていく?」
「いいの?じゃあ、お願い。10時45分には着きたいかも」
「じゃあ、10時半前には出ましょ。帰りはどうする?」
「帰りは電車で帰るよ」
「分かったわ」
お母さんはそう言って、私の前の机に朝食を並べてくれる。時間に余裕もあったので、私はゆっくりと朝食を食べ終えた。部屋に戻って着替えを済ませて、鏡の前に立つ。サッカー観戦なのでいつもよりカジュアルで涼しそうな服を選んだ。
最後にベッドの枕元に置かれているいつものぬいぐるみを手に取って抱きしめた。心の中で「寂しくないよ」と唱えて、今日一日症状が出ませんようにと願ってしまう。
「ぬいぐるみを抱きしめるなんて子供みたい……」
そう呟いてしまった自分の声を聞いて、ギュッと胸が痛くなった。ぬいぐるみを枕元に戻すと、一階からお母さんが私を呼ぶ声が聞こえた。
「奈々花、そろそろ出かけるよー」
「はーい、今降りるー!」
私は慌ててバッグを肩にかけて、部屋を出た。一階に降りるともうお母さんとお父さんは出かける準備を終えている。お父さんが運転してくれるのでお母さんが助手席に乗り、私は後部座席に座った。
お父さんが車を出す前に私が教えたサッカーの練習試合が行われる場所をスマホで調べている。
「奈々花、この場所で合ってるか?」
「うん、合ってる。ありがと」
お父さんはその場所を知っていたのかナビを入れずにエンジンをかけた。車に乗っている間、両親は私を送った後二人で出かける予定について話している。私はその話を聞きながら、ぼーっと窓の外の景色を見ていた。見知った景色から段々とサッカー場に近づくにつれて知らない景色に変わっていく。
「あら、ちょっと曇ってきたわね」
お母さんの言葉に私は窓から空を見上げた。確かに薄暗い雲が空にかかり始めている。
「どうしよ、雨降るかな」
「うーん、今のところ大丈夫だと思うけれど……朝の天気予報も曇りだった気がするし」
「そっか」
お母さんに大丈夫と言われてもどこか心配で空を何度も確認してしまう。
「奈々花、着いたわよ」
時計を確認すると、まだ「10:40」だった。でも15分前には席を取っておいた方が良いと言っていたし、丁度良いくらいだろう。
「じゃあ、行ってくるね」
私がそう言うと、お母さんが「行ってらっしゃい」と言ってくれる。お父さんも「楽しんでおいで」と付け足した。
サッカー場に入るともう人がパラパラといたが、生徒の保護者が多そうだった。私は屋根の下で試合がよく見えそうな場所に座る。私は美坂さんの分の席を取るのも兼ねて隣の席にバッグを置いた。まだ全然席は空いていて、みんな好きな席を選んでいる。
その時、近くにいた子供が「あ!雨降ってきた!」と大きな声で言った。私を含め周りの人たちがパッと空を見上げる。その時、腕にポツッと水滴が当たったのが分かった。ポツポツと雨が降り始める。
一応試合は小雨決行なので、周りの人たちが屋根のあるこちら側に座り始める。しかし、その時一気に雨が強まったのが分かった。周りの人たちがスマホで天気予報を確認しながら話している。
「これ中止じゃない?」
「そうかもな。ちょっと連絡が来るまで中に入ってるか」
何人かがサッカー場の施設の中に入っていく。雨がそのまま10分ほど強く降り続けていると、会場のアナウンスがなった。
「本日行われる試合についてですが、天候を考慮した結果中止する方向で……」
アナウンスで中止をいう言葉を流れた瞬間、外に残っていた人たちも一気に立ち上がって帰っていく。私はとりあえず美坂さんに中止の連絡を送った。
「菅谷くんたち、大丈夫かな……」
草野くんも菅谷くんも楽しみにしていたのでショックだろう。試合は延期になるのだろうか?
アナウンスを聞く感じまだ決まっていなそうだったけれど。私はスマホで帰りの電車の時間を調べてみると、丁度20分後に発車の電車がある。この場所から駅までの時間は歩いて約15分。しかし傘を持ってきていないし、駅までバスで行った方がいいだろう。
「バスの時間は……え!」
バスは丁度発車した後で、次のバスは30分後になっている。電車の時間とうまく合わないが、一旦30分後のバスに乗って駅まで行くことにした。その時、スマホの画面に上からピコンとメッセージが表示される。
「川崎さん、ごめん!試合雨で中止になった。もう来てる?」
菅谷くんからのメッセージだった。
「大丈夫!丁度、車で着いた所だからそのまま帰るね」
嘘をつくのは心苦しかったが、試合が中止になって一番辛いのは菅谷くん達でそんな時に気を遣わせたくなかった。私は誰もいなくなった野外から、すぐに施設の中に入った。
丁度入り口付近にベンチがあったので、そこに座って携帯で時間を潰すことにした。雨の音が施設の中まで聞こえてくる。先ほど施設の中に入って行った別の観客たちももう帰ったようで、雨の音だけしか聞こえないのがどこか寂しかった。
誰もいない施設で一人、また症状が顔を出すのだ。
寂しい。
馬鹿みたい。症状が出ないように朝にお願いしたのに。
「願うだけで叶うなら、みんな願って終わりになっちゃうか……」
誰もいない施設の中はよく私の声が響いてしまう。いつも通り心の中で「寂しくないよ。大丈夫」と唱えながら、自分で自分を抱きしめるように腕をギュッとする。
寂しいと一度感じてしまえば、時間が経つのがあまりに遅く感じてしまう。嫌な時間は長く感じるとよく言うけれど、まさにその通りだと思う。
寂しい。寂しくて壊れそう。
目に涙が溜まって、息が荒くなっていく。
「はぁ……!はぁ……」
胸が苦しくて、服を握った。苦しくて苦しくて、もう自分が潰れてしまうのだと感じる。
「川崎さん!」
突然、名前を呼ばれてビクッと自分の身体が震えたのが分かった。
「川崎さん、大丈夫……!?」
顔を上げると、菅谷くんがこちらに走ってきている。ユニフォーム姿のままで、慌ててきたようだった。
「菅谷くん、なんで……」
「川崎さんが15分前に来るって言ってるのに、まだ来てないって言うのが引っ掛かって。もしかして遠慮してるのかなって、一応確認に来たら案の定だった」
菅谷くんに拙い嘘がバレていたことがどこか恥ずかしくて、私はすぐに話題を変えた。
「菅谷くん、部活は……?」
「雨でもう今日は解散になった。草野も謝ってたよ」
「それは全然大丈夫。雨なんて草野くん達のせいじゃないし」
菅谷くんは走ってきた息を整えている。
「川崎さん、隣座っていい?」
私は菅谷くんの言葉に頷いた。あんなに響いているように感じた雨の音はもう耳に入ってこなくなっていた。