「なあ、日向。こいつ、望遠鏡買ったぞ」
 氷高が、堂城を顎で指しながら森川に話しかけたのだ。
「ええ! いいなあ」
「誕生日プレゼントにもらったんだ」
 三人は森の高台を降り、堂城の望遠鏡を見に行くことにした。


 ふくふくとした花穂のなかを通る。ここは高校の寮への近道だ。白銀の穂が、まるで大きな手で撫でられたかのように風に吹かれては揺れて戻る。
「銀河を渡っているみたいだ」
 森川は目元を緩め、どこまでも続くすすきの群生を満足げに眺めていた。
「天の川、今年はあんまり見れなかったね」
 今年の夏は、雨続きだった。七夕の夜も雲が取れず、カラッと晴れたのは秋の風を感じるほんの少し前だった。
「始まった、メルヘン日向」
「秋に天の川の話をするのは、きっと日向だけだろうな」
 一歩先を歩いていた森川は、なんだよ、と振り返って笑った。淡い色合いの地毛は、夜の刹那にゆっくり溶けていく。
 長細い葉がしなり、擦れる音があたりに響いていた。どこか心寂しい秋の涼風のなか、三人はお世辞にもなだらかとは言えない獣道を行く。


「近ければ、いなくなってもわかるのになぁ」
 
 なんだ? と、氷高が聞き返す。森川の言葉に含みを感じた堂城は、なにも言わず黙って様子を伺っていた。

「あの無数の輝きのなかには、もういない星があるだろう。でも、ここに立つ僕らにはわからない」
 そう言って、森川は伏目がちに遠くを見つめて動かなくなった。その身体は硬くこわばっているようにも見えた。

 地球は天の川銀河のなかにあり、中心から二万八千光年ほど離れている。今見えている星彩のなかには、すでに消滅した星の光がまじっているのだ。目の前の光は、この遠い果てに、この瞬間たどり着いたにすぎない。

「最後の光を見ているかもしれないんだ。メルヘンにもロマンチストにもなるさ」
 星影さやかな夜に、森川は、知ることすら叶わない星々の行く末に思いを馳せていた。